若返り,不老,製薬
(写真=PIXTA)

老化を防ぐ成分がにわかに注目されている。老化による体や臓器の衰えを防ぐ「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)」という成分で、この物質を投与されたマウスの器官が、若い頃の状態まで修復されたという「夢の成分」。加齢とともに増える病気の予防を目指し、日米で人体実験が始まった。若返りサプリメントまで話題になっている背景を探った。

慶應義塾大学医学部の伊藤裕教授らは今年7月、老化制御因子として期待される「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)」をヒトへ投与する臨床研究を開始すると発表した。米国のセントルイス・ワシントン大学でも同様の臨床実験を始める計画を明らかにし、数年かけて体の機能改善効果について調べる。

日本の研究者の実験が端緒

NMNは、セントルイス・ワシントン大学の今井眞一郎教授が、2011年、マウスを使った実験で糖尿病に劇的な治療効果を上げて注目された物質。NMNが投与されたマウスの老化を食い止め、さらにマウスの器官が若返りまでしている点に話題が集まった。

今井教授によると、NMNは、ビタミンB3から作られる物質で、人間の身体の機能を保つのに必要な「ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD)」という物質に変換される。老化は、このNADが各臓器で減少する一方、NMNを体内で作る能力も減少していくことだと指摘している。さらにNADは長寿に関わるとされる「サーチュイン」遺伝子を活性化することも知られている。

長寿研究の第一人者として注目された今井教授は、このサーチュイン遺伝子7つを活性化させる重要な物質としてNMNに注目した。実験で糖尿病のマウスの状態が改善したのは、老化したすい臓が蘇ったためと考えられている。

マウスも人間と同様、年を取ると食が細くなるが、NMNを投与しているグループは、体重あたりの食事量が増えていたことも確認された。エネルギー代謝が増えて若い状態になっていることが注目されたのだ。

ほかにも目の網膜の炎症がなくなったケースや骨密度が増えたケースも報告された。アルツハイマー病の予防としても効果が認められたという。

老化制御因子に期待

老化が問題になるのは、こうした臓器や身体機能など体全体の衰えを進行させる点だ。NMNは人体の臓器を修復するために極めて重要だが、「老化制御因子」としても期待されている。もともと人間の体内にある物質のため、これを増やすことが病気を防ぐことにもなる。このため、多量のNMNを使って病気の症状を改善させる「治療薬」としての使い方や、サプリメントのように日常的に摂取し、老化やそれに伴う身体機能の低下を防ぐという「予防薬」としての使い方が想定されている。

今井教授によると、NMNはかなりの量を食事で摂取しているが、年を取ると、NMNの合成量が落ちて、食事だけでカバーしきれなくなるという。

若返り機能も研究課題

NMNの機能の中で、大きな注目を集めた若返り機能。ハーバード大学のデビッド・シンクレア教授の実験によると、NMNを生後22か月のマウスに1週間飲ませたところ、生後6カ月に相当するマウスに若返ったという。これは人間で言えば、60歳の人が20歳に若返ったことになる。脳の視床下部の老化を止める司令が、NMNによって活性化したことが理由の一つに考えられている。

高齢の女性から古い卵子を取り出し、若返らせるという研究もハーバード大学で進んでいる。さらにこの卵子のDNAを改変することで、疾患がゼロの受精卵を作ることができ、将来は病気の心配のない子どもが誕生するということまで話題になった。

今回発表した慶應義塾大学の研究グループは、加齢とともに増える病気の予防を目指し、NMNをヒトへ投与した場合の安全性や体に影響するメカニズムなどを解明する。研究は、40歳以上60歳以下の健康な男性10人を対象にし、異なる量のNMNを投与して、生理学的検査や血液検査の変化から、NMNの効果について実証するという。

老化のメカニズムは複雑だ。これまでにも血液中の代謝物質が老化予防に役立つことや、レシチンが脳の老化を防ぐことなどが話題になり、サプリメントの摂取などが注目された。今回の人体実験の発表で、若返り薬や老化防止薬開発の思惑も交錯している。

NMNの製造を視野にいれた研究をしている企業もある。オリエンタル酵母では、糖尿病や神経変性疾患、心疾患など、加齢に伴う疾患の予防、診断への応用研究を進めている。すでに一部研究機関への販売を開始しているという。アンチエイジング効果がある商品化への期待から、一部企業の株価が、乱高下する事態も起きた。

長寿遺伝子NADのレベルを上げる取り組みをしている米ベンチャー企業Metrobiotechでは、マウスの若返りに成功しているという。ここでも臨床試験が始まる予定だ。

ただ今井教授も指摘しているが、老化を防ぐ「万能の薬」はまだ先の話で、当分実現する見込みは薄い。注目されたNMNも、すべての病気に効用があるわけではなく、老化を完全に食い止めることはできない。しかし、若返りや長寿は期待が大きいだけに何らかの成果が上がれば、商品化は案外早いかもしれない。(ZUU online 編集部)