ソフトバンク株主総会で孫正義社長が「外国人向けの無料Wi-Fiは廃止するべき」と発言して話題を呼んだ。この発言の本当の意図と事情、孫社長の真意はどんなものなのだろうか?

「やりましょう」ではなく「廃止するべき」

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(写真=Igor Martis/ Shutterstock.com)

この発言は、株主からの質問からのやりとりの中から出てきたものである。

ある株主が「2020年の東京オリンピックに向けて、訪日する外国人に向けた無料で使えるWi-Fiスポットを充実させて欲しい」と発言した。これまでのソフトバンクや孫社長であれば、サービスオリエンテッドな姿勢を見せて、すぐに「やりましょう」と回答したであろうところを、「むしろ廃止するべきものである」と反論したというのがこの発言の経緯である。

サービスとしては、無料で使えるものを廃止するので、もちろん大きな後退につながると言える。

無料のWi-Fiには数多くの問題がある

もちろん孫社長はロジカルに「廃止するべき」という理由を説明している。

今回の質問は東京オリンピックに向けたものであったため、過去のオリンピックにおける同様の例を挙げ、「過去のオリンピックでは、無料Wi-Fiに関しては様々な問題が発生しており、その多くがセキュリティの問題である」とした上で、「データローミングを強化し、セキュリティを確保した上で、使用容量無制限の案などを検討する方がいい」とした。さらに「無料Wi-Fiスポットが良いというのなら、セキュリティの問題解決ができるかを検討したい」としており、将来への含みは残しつつも、根本的にWi-Fiスポットには問題があるという主張をしている。

無料のWi-Fiは日本だけでなく、世界各国で導入されているものであり、例えば空港や競技場などといった多くの人が集まる場所で、たくさんの人に利用されている。しかし孫社長が指摘した通り、セキュリティの問題は常にそこにあり、たくさんの人が同じアクセスポイントに、同じパスワードで入るという事によって、例えば他人のPCやスマートフォンにログインできる危険性があったり、匿名でアクセスできたりするため、スパム発信やなりすましといった問題も起こりえる。

もっとも懸念される事態としては、オリンピックなどのイベントでテロ活動が行われ、その活動に無料Wi-Fiが使われるのではという危険性である。テロへの懸念については明確な言及は無かったが、昨今世界各地でテロ事件が急増しているため、孫社長の頭の中にも当然その懸念はあるだろう。

諸外国でも無料Wi-Fiの使い勝手は決して良いという訳ではない

例えばUAE(アラブ首長国連邦)では、ドバイやアブダビ、シャールジャといった都市部では無料のWi-Fiが使える。ドバイやアブダビの空港はもとより、例えばドバイであればドバイメトロの列車内や駅構内でも使用可能だ。

ただし、「UAE国内で有効な携帯電話番号を持っていないとログオンすることができず、実際には海外から来たユーザがローミングで接続している限りは、無料Wi-Fiを使うことができない。

またシンガポールの例を挙げれば、同国内で使えるWi-Fiルータをレンタルする際には、パスポート番号などの情報を要求される。これは明らかに犯罪利用防止を目的としたものだと推測される。

さらにニューヨーク市の例では、無料Wi-Fiスポットからのポルノの閲覧が多いため、一部の無料Wi-Fiスポットを閉鎖しているという。

このように、セキュリティの問題や敷居の高さなどもあり、決して海外でも自由にどこでもWi-Fiが使える環境にあるというわけではない。また、接続するユーザ数が多すぎるか、あるいはニューヨーク市の例のように帯域の圧迫による著しい速度低下なども各地で見られ、「せっかく無料Wi-Fiにつなげたのに、昔のアナログモデムを使っているような遅さ」に辟易したという読者の方も多いだろう。

「今まで発生した問題も考えなくてはならないし、Wi-Fiスポットを設置する手間や、セキュリティに掛ける費用を考えると、どう考えても強化はペイしない」と孫社長は考えたのだろう。ICT関連企業の経営者なら、誰もがたどり着く結論だと思われる。

自社サービスに誘導したいという背景もあるが、それだけが理由ではない

孫社長は発言の中で、「ローミングサービスの強化」について言及している。無料で使うよりはソフトバンクのローミングを使って欲しいということなのだろう。ローミングサービス以外にも、ソフトバンクも日本国内で使えるプリペイドSIMを発売している。通信規格が日本国内外で統一され、プリペイドSIMが威力を発揮するようになってからは、実は東京オリンピックは最初の大きな国際イベントである。

つまり、プリペイドSIMを発売するキャリアとしては、大きなビジネスチャンスの一つとなりうる。孫社長の発言が「ケチ」に聞こえるか「セキュリティを考えた順当な発言」に聞こえるかは聞き手の印象次第だが、安全第一を念頭にコスト的にペイするかを一瞬で考えて回答した孫社長の真意は、おおむね好意的に受け入れられているようである。(信濃兼好、メガリスITアライアンス ITコンサルタント)