米国が「カード社会」であることは周知の事実である。だが、その米国でスマートフォンを利用した電子決済(モバイル決済)が普及しており「クレジットカードが消滅するのではないか」との観測まで流れている。モバイル決済がなぜ急速に拡大しているのか、その背景とともにクレジットカードの存在意義についても探ってみよう。

米国で広がるモバイル決済、SNS機能が決め手に

クレジットカード,米国
(画像=PIXTA)

欧米を中心にスマートフォン(スマホ)での個人間送金が普及しているが、ウォール街も例外ではない。「Just venmo me」というフレーズはすでに市民権を得ており、筆者も会話やメール等のやり取りにおいて「現金、小切手もしくはベンモで」というフレーズに触れることもしばしばである。

ベンモ(venmo)とはスマホやタブレットといったモバイル端末を利用して個人間での送金や決済を可能にするアプリのことで、誰にでも簡単にダウロードできる。

創業者のコーティナ氏とイスマイル氏は大学時代のルームメイトで、ある日イスマイル氏がコーティナ氏に小切手を振り込んだことが起業のきっかけとなった。

米国では友人から借りたお金を小切手で返すのはごく一般的なことであるが、小切手を書くのは面倒であり、受け取っても現金化するためには銀行に行く必要がある。

こうした煩わしさをスマホで解消してしまおうというのがそもそものコンセプトだったが、人気の秘密はその先にあった。すなわち「割り勘」機能である。

学生はもちろん社会人であっても仲間とレストランに行く機会は多い。ベンモには「割り勘」機能が搭載されており、端数に煩わされる心配がない。

さらに革新的だったのは、ベンモがSNSとリンクしていることだ。自分がどこで何をしたのかを仲間と共有できるほか、友達が誰とどこで食事をしたり、どこに旅行に行ったのかなども知ることができる。こうした「つながっている感」がミレニアル世代を中心とした若者にウケたわけだ。

「決済サービス」対応の店舗は200万店超える

ベンモは2009年に設立、その後2012年にブレインツリー(BrainTree)に買収され、さらに2013年にはPayPalがブレインツリーを買収して現在に至っている。ブランディング戦略の意味合いから買収後も社名は残されている。

ちなみに、2013年の取扱高は5億ドルだったが、その後は爆発的に増加しており2017年4~6月期には80億ドルの支払いを処理している。

ベンモに必要なのは銀行口座とスマホの2つのみであり、簡単に利用が開始できる。カードを利用しなければ手数料が無料であることも普及を後押しした。

とはいえ、タダでは儲からない。

単なる便利なアプリであったベンモが満を持して2016年にスタートしたのが「決済サービス」である。ベンモを使って加盟店に送金できるサービスを開始し、加盟店からは数%の手数料がベンモに支払われる仕組みである。

基本的に無料である個人間の送金サービスをテコにベンモの利用者は350万人に膨らんだと推定されている。利用者はSNSでつながっているため、チャットで店が話題となれば一気に人気店に躍り出る可能性があることもメリットだ。

ベンモの利用はPayPalで支払いを受け付けているほとんどの小売店で可能になる予定であり、既にその数は200万店を超えている。

米銀行連合は「ゼル」投入で対抗

こうした「ベンモ旋風」に穏やかでないのが銀行である。個人間送金が無料で提供されると、銀行間送金における手数料収入が打撃を受ける。さらに、決済にまで進出されると銀行が発行するクレジットカードの脅威となる。

ベンモの躍進に危機感を抱いた米銀連合は共同でゼル(Zelle)を設立、2017年からサービスを開始した。米銀大手は独自にモバイルでの送金サービスを提供してきたが、利用者は銀行間でも利用できることをよく理解していないことが設立の背景となっている。ゼルとという統一ブランドを立ち上げることで、他行との送金や決済に利用できることが分かりやすくなるという。

ゼルには30行以上が参加しており、共同で提供することでコストを削減している。ベンモとの競争力を確保するため個人間送金の手数料を無料にしており、コストは各行が平等に負担している。もちろん、ゼルは個人間送金にとどまらず、各種支払いの決済にも利用できる。

かなり出遅れた感は否めないところだが、ゼルにはJPモルガン・チェース、バンク・オブ・アメリカ、シティバンク、ウェルズ・ファーゴ、キャピタル・ワンといったそうそうたるメンバーが顔をそろえており、利用者は950万人を超え、数の上では圧倒している。

クレジットカードの「存在意義」とは?

フィンテック最大の発明と称されているベンモをゼルが猛追しており、筆者の住むウォール街周辺ではモバイル決済はもはや「常識の域」に達している。

モバイル決済の普及に伴ってその存在意義が問われているのがクレジットカードであり、「近い将来に消滅するのではないか?」との観測すら流れている。

アクセンチュア・コンサルティングによると米消費者の56%がモバイル決済を知っているが日常的に利用しているのは25%以下にとどまっている。しかし、インターネットやスマホがそうであったように、燎原の火のごとく利用が広がるかもしれず、その徴候はすでにみた通りである。

ただ、クレジットカードの利点は意外にもその「優れたローテク」にある。すなわち、薄くてかさばらず、バッテリーが切れる心配もなければ、落としたり水に濡れたりしても壊れる心配がない。

そして、クレジットカードで何よりも注目されるのが「キャッシング機能」だ。FRB(米連邦準備制度理事会)の調査によると、2016年にクレジットカードでの借り入れがある米家計の割合は44%、平均で約5700ドルの未払い残高がある。

したがって、緊急時に無担保で信用枠を確保できることこそ「クレジットカードの存在意義」といえるだろう。

そう考えると、敵はベンモではなくオンライン融資のプラットフォームとなりそうだ。無担保オンライン融資サービスは次々と開始されてはいるものの、これまでのところ業績は芳しくない。

現時点では、旅行や宿泊などの予約にはクレジットカードがまだ不可欠であり、魅力的な特典も多い。無担保で信用を供与している点も消費者にはありがたいサービスであり、この点で競合が現れるのかどうかがクレジットカードの運命を握っているのかもしれない。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)