スポーツ分野への人工知能(AI)の採用が急速に進んでいる。ウェアラブルデバイスやIoTと組み合わせることでデータ収集の範囲が広がり、AIによる分析結果を選手のフォームの修正やスキルアップ、けがや事故の防止策、フォーメーションの指示、次の試合戦略立案、対戦チームの研究のほか、未来の試合結果の予想などに活用している。

人間よりはるかに高精度な分析が可能

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(写真= MUFG Innovation Hub編集部)

ひと昔前は試合やパフォーマンスの画像を人間が時間をかけて分析する、あるいは選手が装着したセンサーからパフォーマンスを計測するといった手法が一般的だった。しかし、AIが進化した現在、画像データなどIoTを組み合わせて収集した膨大な量のデータをベースにすることで、高精度な分析が可能になった。

従来の分析手法である加速度センサーやジャイロスコープといった電子センサー内蔵のウェアラブルデバイスは、選手の心拍数や動きなどの測定値から、過去には検出不可能だった測定基準に関する洞察力の高いデータを弾き出せる。しかし、ウェアラブルデバイスには、選手のラケットやバットの持ち方、デバイスの装着法といった細かい要因の影響を受けやすいという弱点がある。

一方で、AIでは、機械学習により入力された測定値から学習し、測定値に影響する要因をあらかじめ特定し調整することが可能となった。これにより、ウェアラブルデバイス単独の弱点を克服し、以前は収集が困難だった貴重な測定基準を得ることができる。

多様なスポーツ分野で実用化

こうした次世代AIスポーツ分析の実用化は、様々な分野で着実に進行している。

マーク・キューバン氏などが出資するカナダのSPORTLOGiQが提供するAIエンジンは、高精度な分析ソフトを用いて全選手の位置や行動を追跡し、収集されたデータからディープデータ(特定の事象や個人に関する高精度な身体情報や行動情報)を生成する。ナショナルホッケーリーグ(NHL)やナショナル・フットボール・リーグ(NFL)、プレミアリーグなどが、既にSPORTLOGiQのAIエンジンを導入している。

ゴルフ界では、MicrosoftがニューイングランドのスタートアップArccos Golfと世界初のゴルフ用AIプラットフォーム「Arccos Caddy」を共同開発した。このプラットフォームでは、バーチャルキャディーが実際に一緒にコースを歩き、ゴルフクラブの選択から天候、プレーヤーの能力まで、様々なアドバイスをしてくれる。

ボクシング界では、米国のボクシングウェアメーカーEverlastがフランスのロボティクス・スタートアップPIQと提携し、高度なセンサーシステムを搭載したウェアラブルグローブ「PIQ ROBOT」を開発した。トレーニングの効率の最大化を目的にデータを収集し、PIQの深層学習スポーツ分析プラットフォーム「GAIA Intelligence」上で、パンチの強さや速度を記録し、関連する情報をリアルタイムで出力できる。

「ダイヤモンドの原石」の発掘

また人間の能力では発掘しにくい「ダイヤモンドの原石」を、AIが見出す可能性も期待されている。

カナダの若手ホッケー選手ショーン・ダージ氏はその一例だ。2017年にAIが分析・予測する「トップ指名選手」のトップ40に入っていたにも関わらず、北米プロアイスホッケーリーグ(NHL)が主催するドラフト会議「NHL Entry Draft」では全く指名を受けなかった。その後、2018年には、その実力が認められてToronto Maple Leafs から指名を受けたが、各チームがAIの分析をもっと信じていれば、2017年の時点で「隠れた才能」を早期に発掘できたのではないだろうか。

スーパーボールのスコア的中率は100%

試合結果やチームの成績、選手のパフォーマンスといったデータに基づいてシュミレーションし、試合の勝敗や対戦相手の動きを予想することもできる。

既にAIは、2017年のアメリカンフットボールの大会スーパーボールのスコアを100%正確に予測した実績がある。米国の複合メディアScripps Howardは過去19年にわたり、ファイナルスコアの予想を発表してきたが、的中したのは1,641試合中わずか2試合だ。AIの的中率が驚異的であることは疑念の余地がない。Microsoftの無料AI予想サービス「Bing Predicts」による、2017年のNFLレギュラーシーズン勝者の的中率は65.5%だった。

この点に着目し、「Sports betting(スポーツの試合結果を予想する賭け事)」におけるAIの活用も活発化している。ロンドンのStratagemは、深層ニューラルネットワークと人間のアナリストによる分析・予想を組み合わせたSports bettingサービスを提供しているスタートアップの一例だ。

しかし、スポーツデータの量や質には差があることで、「AIの得意分野・不得意分野」が明らかになっている。例えば野球のような分野では、選手に関する最新の統計が簡単に入手できるのに対し、テニスは試合中のボールの軌道を含む高解像度のデータセットを組織が厳重に保管しているため、収集可能なデータ量が少なく、より高精度な分析の妨げとなっている。

安全性の向上

スポーツに事故やけがはつきものだが、1950年以来年間平均1人以上の死亡者を記録しているモータースポーツでは、尊い人命が奪われるだけではなく、コスト面の打撃も大きい。レースカーの車体価格は、修理費やメンテナンス費、人件費は含めずに1台30万ドルと推定されている。しかも、1つ500ドルするタイヤを毎レースごとに履き替えている。

Argo AI/Ford Motor Companyは、本来自動運転車の開発に活用していた深層学習技術を特定のレースカーの検出に応用し、レースの安全性強化に役立てている。高速で走るレースカーの画像から、人間の目で特定のレースカーを迅速に検出するのは至難の業だ。しかしAIならば、不鮮明な画像からでも、不具合を起こしている車体を正確かつ迅速に検出できる。小さな誤動作が衝突事故や火災といった深刻な事態を引き起こし、運転手や観客を危険にさらす。それゆえに、レース中に誤作動を起こしている車を迅速に識別する機能は非常に重要だ。

顧客経験アップにチャットボット導入

スポーツファンのUIを向上させる目的で、チャットボットを導入する動きも広がっている。

カリフォルニアを拠点とする全米プロバスケットボール協会 (NBA)所属チーム、Sacramento Kings は2016年、ファンからの問い合わせに対応するチャットボット「KAI(King’s Artificial Intelligence.)」 を導入。ファンはFacebook Messengerを通し、フランチャイズの歴史や現在のチームの統計、チームの所属メンバー 、試合などに関する情報を入手できる。

北米プロアイスホッケーリーグ(NHL)に所属するTampa Bay Lightningが2017年、バーチャル・アシスタント開発スタートアップSatisfi Labsと共同開発した「Thunder Bot」は、ファンからの問い合わせに対応するだけではなく、同チームの公式ウェブサイトやNHL、地元の屋内競技場Amalie Arenaのアプリなど、複数のTampa Bay Lightningプラットフォームの機能性を考慮して設計されている。

更に広がるAIの可能性

スポーツ産業は北米だけでも年間数十億ドル規模の収益を生み出す、ビッグビジネスだ。AI開発は多額のコストを要するが、導入によるメリットを考慮すると投資価値は十分にある。よって、今後はさらなるAI化が進むものと予想される。

そして、NFLやNBAが既に導入しているAI分析が進化し、いずれAI主導のコーチが登場しても不思議ではない。試合の審判や中継もAI化が進む可能性が高い。

Pumaがカリフォルニアのスマートセンサー・スタートアップLumo Bodytechと提携し、共同開発を進めるAIスポーツウェアのように、ウェアラブルデバイスは、スポーツの楽しみ方にさらに高度で幅広い選択肢をもたらすだろう。AIにより、次世代スポーツの幕開けが訪れようとしている。(提供:MUFG Innovation Hub

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