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(画像=PIXTA)

FPとしてより多くの選択肢を相談者に提供することを追い求め、環境を移してきたのが、福岡の独立系FP・鬼塚祐一さんだ。鬼塚さんは現在、福岡を中心に東京・大阪・名古屋でセミナーを開催するほか、自身の事務所で個別の相談に応じているが、そこに至るまでに〈郵便局員→FP事務所スタッフ→独立〉と立場を変えてきた経歴を持つ。

もともとは公務員を志望していて、大学卒業後は郵便局(民営化前)の職員となった。その業務の中で郵便貯金と簡易保険を取り扱ったのが、金融分野に触れた最初の機会だ。ファイナンシャル・プランニング技能士の存在を知ったのもちょうどその頃。銀行員の妻から受検を勧められたことがきっかけだった。

鬼塚さんは受検勉強をするうちに、世の中には様々な形態の金融商品が存在していることを知り、同時にそれを提供できない立場をもどかしく感じるようになった。例えば、医療保険に入りたいと考えているお客さまがいたとしても、当時の郵便局では提案のしようがなかった。ノルマ消化を強く求められる営業活動にも疑問を感じていたため、転職を決意する。

厳しい営業活動の経験から、お客さまのニーズを掘り起こすのではなく、「知りたい」「教わりたい」という意欲を持つ人を集めてセミナーで生計を立てたいという思いがあった。そこで、資産運用のセミナーでは何が行われているのか試しに見てみようと、フリーペーパーで目にしたセミナーに参加したところ、クオリティの高さに衝撃を受ける。「これは一朝一夕では真似できない」。

鬼塚さんは方針を転換し、FP事務所で働きながらセミナーのノウハウを身につける道を選択する。およそ8年間、初めは受付や資料の配布など下積みから始まり、やがてセミナー講師を任されるようになる。だが、金融の勉強を一層深めていくと、事務所で提案しているものよりも「良いもの」がいくつもあることに気づく。

所属していたFP事務所は保険の乗合代理店やフラット35の取次店でもあったため、提案できる商品・サービスの範囲に限りがあったのだ。「特定の保険会社の変額個人年金よりも、投資信託や確定拠出年金を利用したほうがよいのではないのか」「手数料キャンペーン中の銀行でローンを組んだほうが負担を抑えられるのに」。いったんそう考え始めてしまうと、郵便局員時代と同じような葛藤を抱くことに……。かくして鬼塚さんは独立を決意した。

FPにとっての当然は初心者には未知の領域だった