「逃亡犯条例改正案」への反対から始まった香港のデモは、2019年8月現在も続いています。そこで心配されるのが、国際金融センター(オフショア)としての香港から、世界のマネー、富裕層が逃げ出してしまうのではないかということです。

そうなれば金融機関も逃げ出し、一般の市民まで逃げ出してしまうかもしれません。香港には日本人の銀行口座が万単位であると言われており、富裕層にとっては他人事ではありません。

密かに始まった富豪たちの資産フライト

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(写真=Jimmy Siu/Shutterstock.com)

とある金融機関の関係者は、当初、大口預金者に動きがあったことをそっと教えてくれます。

例えば、ある大富豪は1億ドルを香港のシティバンクの口座からシンガポールのシティバンクの口座に移したといいます。富豪たちが口座を持っているのは、シティバンク、HSBCホールディングス、スタンダードチャーター銀行などですが、どこでも同じようなことが起こったようです。

ただし、このような資産フライトは、香港以外にもオフショアに口座を持っているからこそできることです。また大口となると、CRS(Common Reporting Standard:共通報告基準)によって税務当局に追尾されるので、資金の移動先によっては、のちの税金処理が大変です。

香港からの資産フライトで最も大規模なものは、香港一の大富豪で、コングロマリット長江実業(CKハチソンホールディングス)の元会長である李嘉誠(レイ・カーセン)氏が行ったものです。ただし、これは正確には中国からの脱出であって、香港からの脱出ではありません。

香港の大富豪は約10年かけて資産逃避

李氏の中国脱出は、北京五輪後の2009年から始まりました。中国経済に早々に見切りをつけた李氏は、資産の売却を始め、2013年10月には建設中だった上海陸家嘴東方匯経中心(OFC:Oriental Financial Center)を90億香港ドルで売却しました。さらに2015年1月に長江実業と和記黄埔有限公司を合併させ、会社の登記地をケイマン諸島に移しました。

そして2017年、香港のランドマーク的オフィスビル「中環中心」(The Center)を売却し、翌2018年に引退を表明し、会社を長男に譲りました。

李氏は、いまや総資産の1割を中国と香港に残すだけだといいます。では、莫大な資産はどこに行ったのでしょうか。それは、世界中です。アメリカ、欧州、オーストラリア、そしてケイマン諸島などのオフショアです。

しかし、このような芸当は大富豪だからできるのです。クレディ・スイスの「グローバル・ウェルス・レポート」(2018年版)によると香港には個人資産1億ドル以上の資産家が853人います。例えば、この人たちがシンガポールに移住してしまうようだと、金融機関も一般市民も雪崩を打って香港を出ていくかもしれません。

香港人としての独自のアイディア

しかし、今のところそんな様子はありません。デモが始まった当初は、自国と米ドルの為替レートを連動させるドルペッグ制を敷く香港ドルが、下値に張り付いたため預金者に動揺が走りました。そこに、ヘッジファンド「ヘイマン・キャピタル・マネジメント」の創業者カイル・バス氏が、「アメリカや英国の投資銀行家や最高責任者らは家族とともに、自国やシンガポールなどへ移るだろう」とCNBCの番組で発言したので、金融関係者も動揺しました。

しかしデモから2ヵ月が経ち、香港市民、とくに学生を中心とした若い世代が北京の圧力に激しく抵抗しているので、市場は落ち着きを取り戻しました。「すでに香港の将来に悲観した市民はカナダや英国に移住してしまったので、いまさら若者たちを見捨てて出ていくわけにはいかないのです」と、香港のIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)の一人は言います。

香港大学が行った調査によると、香港のほとんどの住民が自分のことを「中国人」とは思ってないようです。とくに若い世代ほどその傾向が強く、18〜29歳では3%しか中国人と回答していません。「香港人」だと思っているのです。

ある日本人は預金引き上げを断念。その理由

こんな例がありました。その日本人は、10年以上前から資産を香港に移していたのですが、今回のことで、その一部を日本に引き上げようとしました。しかし、アドバイザーの弁護士に止められたのです。戻す額が日本円で5,000万円を超えていたからです。

海外資産が5,000万円を超えると、税務署に「国外財産調書」を提出する義務が生じます。この日本人は、これまでそれをしてきませんでした。それなら、そのままにしておいたほうがいいということになったのです。例えばHSBCホールディングスの口座なら、日本でも提携ATMから引き出せます。

北京にとってもオフショアの香港市場は必要

さらに、オフショアとしての香港は、中国にとっても絶対に必要な場所です。人民元とドルの取引はほとんどが香港市場を通して行われています。香港の株式市場は本土市場(上海・深圳[シンセン])と相互乗り入れができていて、海外マネーの中国への窓口になっているからです。中国本土の富裕層も、香港に口座を持ち、資産運用を行っています。

となると、北京は「逃亡犯条例改正案」のような政治的な統制を強化しても、金融市場は統制できないのです。そんなことをすれば、自分の首を絞めることになるからです。

習近平政権は、「ビッグベイエリア(大湾区)構想」を掲げています。この構想は、深圳を含む広東省と、香港、マカオを一体化した経済圏を2035年までに構築するという長期計画。「一国二制度」の下の「香港基本法」の期限が切れるのは、28年後の2047年です。まだ、四半世紀以上あります。こういったことも見越し、デモを静観しているというのが今の香港金融界です。

文・山田順(国際ジャーナリスト)

(提供:ANA Financial Journal

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