最近、相続対策の新たな手法として「家族信託」が注目を集めている。

家族信託であれば、従来の制度では難しかった自由度の高い承継を実現でき、近年関心が高まりつつある認知症対策としても効果的だという。今回は、家族信託の仕組みについて解説していく。

菅野陽平
監修者・菅野陽平
日本最大級の金融webメディア「ZUU online」編集長。株式会社ZUUM-A取締役。経営者向けメディア「THE OWNER」編集長。幼少期より学習院で育ち、学習院大学卒業後、新卒で野村證券に入社。リテール営業に従事後、株式会社ZUU入社。メディアを通して「富裕層の資産管理方法」や「富裕層になるための資産形成方法」を発信している。自身も有価証券や不動産を保有する個人投資家でもある。プライベートバンカー資格(日本証券アナリスト協会 認定)、ファイナンシャルプランナー資格(日本FP協会 認定)保有。編集著書に『富裕層・経営者営業大全』(一般社団法人金融財政事情研究会、2020年7月31日発売)

目次

  1. 家族信託とは?仕組みを簡単に解説
  2. 家族信託が注目される背景
  3. 家族信託の3つのメリット
    1. 柔軟に財産管理ができる
    2. 遺族の負担を減らすことができる
    3. 思い通りの承継を実現できる
  4. 家族信託の注意点
    1. 家族信託だけで争族を回避できるわけではない
    2. 信頼できる専門家の見極めが難しい
  5. 家族信託を利用したほうがよい人とは
  6. 家族信託を利用するタイミング
  7. 家族信託を活用した資産凍結等リスクの対策事例
  8. 資産を眠らせずに有効活用!信託内借入とは?
  9. 家族信託にかかる費用
  10. 家族信託で悔いのない相続を

家族信託とは?仕組みを簡単に解説

家族信託
(画像=PIXTA)

信託とは、分かりやすく表現すれば「財産管理の手法」のことである。その中でも特に、家族単位で信託を活用することを「家族信託」と呼ぶ。

家族信託を活用すれば、財産を信頼する家族に信託し、代わりに財産を管理してもらうということが可能になる。

所有する財産の管理を委託する人を委託者、財産の管理・処分を行う人を受託者として信託契約を締結する。そして、信託契約で定められた委託者の要望や目的に応じて、受託者が財産の管理処分を行い、これらにより得られる利益などを給付する(利益を享受する権利を持つ人を受益者という)。

家族信託が注目される背景

現在、家族信託は急速に普及しつつあるが、背景には、平均寿命と健康寿命のかい離がある。

もし認知症を発症したり、介護状態になったりした場合、財産を自分で管理することは難しくなるだろう。従来は、認知症への備えとして成年後見制度が活用されてきた。しかし、成年後見制度にはいくつかの問題点がある。

まず、成年後見制度の後見人には家族以外の第三者(専門家)が選ばれる可能性が高い。また、後見人が行える行為には制約が多い。後見人は、遊休地にアパートを建設して資産運用をすることなどができない。自宅を売却して医療費にあてることすら難しいケースがある。

また、家庭裁判所に定期報告が必要であることや、専門家に後見を依頼することで費用がかさむといった問題点もある。

このように、従来の成年後見制度には問題点がいくつかあることから、自由度の高い家族信託が注目されるようになった。家族信託であれば、財産の管理を任された受託者は、必要に応じて資産運用を行うこともできる。

家族信託というと、多彩な資産を持つ富裕層が利用するというイメージを持つ人も少なくない。しかし、家族信託は誰もが利用できる制度だ。認知症や介護状態になった場合のリスクヘッジとして、家族信託を検討しておくとよいだろう。

家族信託の3つのメリット

続いて、家族信託のメリットを3つ紹介する。

柔軟に財産管理ができる

家族信託であれば、それぞれの家族の状況に応じて柔軟に財産を管理できる。

もし何の対策もしないまま認知症になってしまうと、本人以外の配偶者や家族は、財産を売却したり運用したりできなくなってしまう。

しかし、家族信託で配偶者や子どもを受託者にすれば、万一本人の判断能力が衰えたとしても、受託者が財産を売却、運用することが可能だ。例えば、不動産を売却して医療費や介護費用にあてるなど、臨機応変な対応ができる。

判断力が失われたとしても、信頼できる相手に財産の管理を一任できるのが家族信託のメリットだ。

遺族の負担を減らすことができる

家族信託を活用すれば、万一の場合の遺族の負担を減らすことができる。

通常、本人が亡くなると普通預金の口座は凍結され、たとえ配偶者や子どもであっても口座からお金を引き出すことはできなくなる。そのため、葬儀費用の捻出に苦労するというケースが発生している。

もちろん口座の凍結を解除することは可能だが、そのためには相続人全員が署名捺印した遺産分割協議書や、相続人全員の戸籍抄本・印鑑証明・住民票などが必要となる。葬儀の準備に追われている中で、これらの書類をすべて集めることは現実的に難しいことが多い。

しかし、家族信託で配偶者や子どもを受託者とし、一定の金銭を信託財産にしておけば、万一のことが起きた場合も受託者がお金を引き出し。葬儀費用や遺品整理費用にあてることができる。

深い悲しみの中、預金を自由に引き出せず葬儀費用を別途捻出するとなると、遺族の負担はさらに大きくなる。家族信託で備えをしておくことで、遺族の負担を少しでも軽くできるだろう。

思い通りの承継を実現できる

家族信託を活用すれば、自分の財産を孫の代まで理想通りに引き継いでいくことが可能だ。

遺言では、自分の財産を誰に遺すかは指定できるが、その先の相続まで指定することはできない。例えば、先祖代々の土地を遺言で長男に相続したとしても、長男が土地を売却してしまい、孫には何も遺らなかったといったことも起こりうるだろう。

しかし、家族信託を活用して、受益者が本人・長男・孫と移動していくように指定すれば、自分の望み通りの承継が可能となる。

自分自身の相続だけでなく、将来発生する相続に備えられるのも家族信託のメリットだ。

家族信託の注意点

一方で、家族信託の注意点についても触れておきたい。

家族信託だけで争族を回避できるわけではない

家族信託は、自由度の高い財産管理の手法で、相続対策として大きな効果を発揮する。しかし、家族信託さえしておけば遺族間のトラブルを完璧に回避できるというわけではない。

家族信託を活用することに加え、きちんと現状の資産を把握し、家族と将来についてコミュニケーションをとっておくことが大切だ。家族信託は万能薬ではないことをきちんと理解しておきたい。

信頼できる専門家の見極めが難しい

家族信託は知識と経験が豊富な専門家のサポートを受けることが重要だが、家族信託は最近注目され始めた比較的新しい手法であることから、そのような専門家を見極めて選ぶことが難しい。

家族信託について営業を受けた場合や専門家に相談する場合は、実績の有無を必ず確認することが重要だ。悩んだときは、お金の専門家である銀行が提供するサービスであれば、信頼度は高いと言えるだろう。

家族信託を利用したほうがよい人とは

認知症や介護状態になった場合に、財産管理を家族に任せたいと考えているなら、早めに家族信託を検討することが大切だ。

特に複数の不動産を所有している場合、本人が判断力を失うと財産の管理が一気に難しくなることが多い。そのため、健康なうちに不動産を処分しておくか、家族信託によって受託者を決めておくといったリスクヘッジが必要になる。

さらに、代々引き継がれてきた財産を自分の直系に遺したい場合や、障がいのあるわが子の将来を守りたいといった場合にも、家族信託は効果的だ。

家族信託を利用するタイミング

財産状況や家族構成にもよるが、可能なら50代・60代のうちに一度専門家に相談しておくと安心だろう。

家族信託を利用する場合、どのような相続対策が効果的か、どのような承継を実現したいか、といったことについて専門家とじっくり話し合い、家族にとってもっとも望ましい形を検討していく必要がある。そのため、他の相続対策と同様に、早めに検討を開始することが大切だ。

「まだ元気だから」と60代のうちに相続対策を始めることを嫌がる人もいる。しかし、いざ心身の状態が悪化してから相続対策を始めると、大きな負荷がかかってしまう。

健康で精神的にも前向きな間に相続対策をしておくことで、安心してセカンドライフを楽しむことができるだろう。

家族信託を活用した資産凍結等リスクの対策事例

これまで解説してきたように、家族信託であれば、相続開始までに起こりうる資産凍結等の対策を講じることができる。

具体例として、認知症に備えて長男に財産の管理を信託するケースを紹介する。

委託者:父(本人)
受託者:長男
受益者:父(本人)

自分が将来認知症になったとしても、普通預金や不動産など特定の財産を長男に信託しておけば、本人に代わって長男が財産の管理や処分を行うことができる。また、受益者を自分にしておくことで、生活費として一定の資金を長男から受け取ることができる。

認知症になると、詐欺にあって財産を失ってしまうといったリスクも想定される。しかし、事前に家族信託で対策をしておけば、財産の管理は長男に一任し、必要な資金だけを受け取ることが可能だ。家族にとっても自分にとっても望ましい生活が実現するだろう。

資産を眠らせずに有効活用!信託内借入とは?

委託者に資産を託された受託者は、長期にわたって資産を管理していくことになる。

例えばマンションなどの投資用不動産を管理する場合、リフォームや修繕が必要になることもあるだろう。そんなとき、手元資金が不足しているからと、リフォームや修繕を怠ってしまうと、入居率が下がり家賃収入が減少してしまうリスクがある。

しかし、信託内借入を活用すれば、受託者は融資を受けて投資用不動産のリフォームや修繕に着手できる。融資を受けた金額は信託財産に組み込まれ、受託者の管理対象となる。融資を受ける際には、投資用不動産に抵当権を設定するケースもある。

家族信託で投資用不動産の管理を受託者に任せるつもりなら、信託内借入が可能となるような信託契約を締結しておく必要があるだろう。

家族信託にかかる費用

家族信託のコンサルティング費用は、信託財産の評価額に対して1%程度が相場となっている。ただし、信託の内容や依頼先によって、これより高くなったり安くなったりする。また、最低金額が設定されているところも多い。

このほかにも、不動産が信託財産に含まれる場合、司法書士などの専門家に支払う登記費用や登録免許税などの実費が発生する。

信託財産の評価額によっては、家族信託のコンサルティング費用が高額になるため、ちゅうちょしてしまう人も多いだろう。しかし、しっかりメリットを享受できるなら専門家への報酬は必要経費と割り切ることも大切だ。

「高額だから」という理由だけで決断を先延ばしにするのではなく、メリット・デメリットや自分自身の将来への不安、家族の状況を踏まえて決断するようにしたい。

家族信託で悔いのない相続を

家族信託は自由度が高いからこそ、どんな形が自分たちの家族に合っているのか、素人判断で見極めることは難しい。きちんとしたコンサルティングを受け、専門家の意見を踏まえて対策をすることが、後々のトラブルを防ぐことにつながる。

家族信託で将来に備えておけば、認知症の発症や介護状態に陥ることを過度に不安視することなく、ゆったりと老後の生活を楽しむことができるだろう。