執筆者:株式会社ZUU
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2020年は三島由紀夫の生誕95年、没後50年の年にあたります。小説家、劇作家、活動家として生きた彼の生涯におけるトピックとして、もっとも知られているのは陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地での演説と割腹自決ではないでしょうか。しかし、三島がこの演説によって何を訴えたかったのかまで詳しく説明できる人は少ないかもしれません。そこで今回は、三島由紀夫の人生と人となりについておさらいするとともに、彼の作品の中から読んでおきたい名著をご紹介します。

祖母に育てられた過保護な幼少期

三島由紀夫,作品
(画像=file404/Shutterstock.com)

三島由紀夫の本名は平岡公威(きみたけ)。1925(大正14)年1月14日、農商務省の高級官僚であった父と、漢学者の娘であった母との間に誕生しました。しかし、幼いころの彼を育てたのは両親ではなく祖母の夏子でした。

夏子はしつけに厳しく、「外で遊ばせるのは危ない」とままごとや折り紙のみ許した結果、三島は小柄で病弱に育ち、学習院初等科に入学後はいじめの対象に。三島自身も自分の見た目にコンプレックスを抱き、猛々しさや男性らしさに憧れを抱くようになります。

その一方、文学の才能は著しく開花。幼少期より、ひたすら本を読みふけったり舞台鑑賞を楽しんだりして育った結果、わずか16歳で同人誌に寄稿した小説が文学界で高く評価されるまでのレベルに達していたのです。

学校の成績も文句なしで、学習院高等科を首席で卒業すると、推薦によって現在の東京大学である東京帝国大学の法学部法律学科に入学します。その後、1947(昭和22)年には大蔵省に入省するも、作家活動に専念するために退職し、本格的な作家としての活動をスタートさせたのでした。

大蔵省退職後は専業作家として活動スタート

退職後、初の長編書き下ろし小説となった『仮面の告白』を書き上げています。さらに精力的に執筆活動を続け、29歳のときに刊行した『潮騒』では第1回新潮社文学賞を受賞。さらに、31歳となる1956(昭和31)年より連載を開始した『金閣寺』では、第8回読売文学賞を受賞しています。

33歳となる1958(昭和33)年4月には画家杉山寧の娘である杉山瑤子と銀座でお見合いをし、2ヵ月も経ずに6月1日には川端康成夫妻を晩酌人として明治記念館で挙式しました。

そして、1961(昭和36)年には、江戸川乱歩作の『黒蜥蜴』を戯曲化しています。黒蜥蜴を初代・水谷八重子、明智を芥川比呂志が演じて1962(昭和37)年に初演されていますが、もっとも有名なのは美輪明宏が演じる黒蜥蜴です。美輪を口説き落とした張本人こそ三島で、その後、深作欣二監督により映画化された際には、美輪明宏とともに三島本人も出演しています。

ボディビルによって手に入れた理想の肉体

同映画では、ボディビルで鍛えた美しい肉体を惜しげもなく披露していますが、三島がボディビルに勤しむようになったきっかけとなったのは1955(昭和30)年頃の美輪の一言だということです。

当時、肩パッドが入った背広が流行っていたことから、「どこもかしこもパッド、パッド、パッド。三島さん(みたいにひょろひょろの体格の男性)がいなくなっちゃった」と美輪が揶揄したところ、激怒してその場を後にした三島でしたが、数ヵ月後、美輪の前に現れた三島は筋肉隆々の身体に!からかわれたことで火が付き、短期間での肉体改造に成功したのでした。

失意のうちに自決

40代に入ってからも、空手を始めたり、自衛隊に体験入隊したりと、自己鍛錬に余念がなかった三島。そんな中、「日本国憲法においては、自衛隊=軍隊ではない」という問題に突き当たり、「日本を守るために自衛隊が十分に機能していない」と考えるようになります。そこで考えたのが、自衛隊を動かして国会を占拠し、憲法改正の発議をさせることだったのです。

1970(昭和45)年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に乗り込むと、総監の首を絞めて人質にとり、演説開始。自衛隊に向かって、「真の国軍として我々とともに決起せよ」と呼びかけますが、事件を知った報道機関のヘリコプターの音や自衛隊員らのやじにより、マイクを持たない三島の生声はかき消され、失意のうちに自決してしまったのでした。

さて、ここからは文豪として名高い三島の作品の中でも、特に読んでおきたい必読書を挙げていきます。

三島による自伝的小説『仮面の告白』

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(画像=UpU編集部)

まず1冊目は、大蔵省退職後に一気に書き上げた『仮面の告白』です。自伝的作品でもあるこの小説で三島が「告白」したのは、自らの性的志向と男女の愛への試みと挫折でした。現在のようにLGBTという言葉が一般的でなかった時代、同性愛をテーマに綴られた作品は大きな話題となり、三島は弱冠24歳にして一躍有名作家へとのし上がったのです。

実際に起きた事件を分析しながら構築していった『金閣寺』

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(画像=UpU編集部)

続いては、第8回読売文学賞を受賞した『金閣寺』。この作品のモチーフとなっているのは、1950(昭和25)年7月2日に起きた「金閣寺放火事件」です。同作では、金閣寺の美しさに憑りつかれた学僧が寺に放火するまでの経緯が綴られています。

作品の主人公は、実際の犯人同様、重度の吃音症という宿命を負っています。実際の事件において「社会への復讐のため」と供述した犯人に対して、「自らの生い立ちや吃音といった不幸的要素と対照的ともいえる、金閣寺の美しさに憧れと反感を抱いての放火だったのでは」と三島は分析しています。

自らの人生に立ちはだかる金閣寺という存在へのアンビバレントな心理や観念を精緻な文体で描き切ったことによって、それまで三島に対して否定的であった旧文壇の主流派や左派系の作家も彼を高く評価することになります。

1959(昭和34)年には、翻訳家であり日本文学研究者であるアイヴァン・モリスによる英語版が上梓されたことを皮切りに、世界各国でも読み継がれることに。1964(昭和39)年には、第4回国際文学賞で第2位を受賞という快挙も遂げています。

三島が目指した“究極の小説”『豊穣の海』

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(画像=UpU編集部)

そして3冊目には、自決した前日である11月24日に書き上げられた『豊穣の海』(4部作)を取り上げます。

大正の貴族社会を舞台にした『春の雪』、右翼的青年の行動を描いた『奔馬』、仏教を追究しようとする男性とタイ王室の美女との関わりを描いた『暁の寺』、少年と老人の対立を描いた『天人五衰』の全4巻から成る物語です。

この作品は、仏教の唯識思想、神道の一霊四魂説、能における「シテ」「ワキ」などの要素が用いられた作品で、三島は「究極の小説」を目指したといわれています。

キーワードに着目して読んでみよう

ノーベル文学書の候補になっていたことが明らかになった三島の作品。気にはなってはいたもののまだ読んでないという人は、今回紹介した3作品のどれかから読み始めてみてはいかがでしょう。LGBT、劣等感、仏教などのキーワードの中で、自分にとってひっかかるものがあれば、きっと興味深く読み進められるはずです。絢爛豪華な日本語世界が待っていますよ!

参考文献
『金閣寺』(新潮文庫)
『仮面の告白』(新潮文庫)
『豊穣の海』(新潮文庫)(提供:20代、最高の自己投資メディア UpU

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