「当時は、ほとんど妻に養ってもらっていた状況でした」

月収5万円―――
フルコミッションの保険営業で成果が出ず、一時月収はひどく落ち込んでしまった山田氏。
将来の妻と5畳半のワンルームで暮らしていたものの、その家賃すらままならなかったと、当時を懐かしむ。

窮地に立たされた山田氏がコツコツためてきた貯金を使って始めたのが不動産投資。
なかでも『東京の中古ワンルームマンション』への投資でした。

人生逆転FIRE 月収5万円だった「どん底営業マン」が40歳で将来への不安から解放された方法
書籍
人生逆転FIRE 月収5万円だった「どん底営業マン」が40歳で将来への不安から解放された方法
パワハラ上司のいる、日々ストレスフルな職場。転職しても営業成績は伸びず、月給はたった5万円。生きるために退職できず、身に染みる将来への不安。結婚したけれど、家族を幸せにする自信がない……。そんなとき、父のアドバイスではじめた不動産投資によって、私の人生は好転していくのです。
ーーー逆境を乗り越え、お金の悩みを解決したリアルな記録を書籍化!
2022年6月18日発売予定

目次

  1. 『人生を守る仕事がしたい』夢をもって入社した会社でネズミに囲まれ泥まみれの日々
  2. 『あんな風になりたい!』希望をもって転職した生保営業では芽が出ず人生の岐路に立たされる
  3. 『収入の柱を増やしてみないか?』父からの助言で考え始めた東京中古ワンルーム投資
  4. 『2人でがんばればなんとかなるよ』妻の言葉が大きな後押しに!FIREへの第一歩を踏み出す
5畳半の家賃すら払えなかった私が約10年でFIREした逆転ストーリー

『人生を守る仕事がしたい』夢をもって入社した会社でネズミに囲まれ泥まみれの日々

―現在40歳でアーリーリタイアを達成し、好きな仕事を自身の裁量でされていますが、新卒時代はそうではなかった。

そうですね。新卒時代は自分の裁量とは真逆の仕事スタイルでした。『人の生活、人生を守る仕事』がしたいという想いで、大手の警備会社に入社しました。警備会社といっても、保険や介護といった広く人生に寄り添う業務を行っており、そんなところに共感をしたんですね。ただ実際に入社してみると、想像していた世界ではありませんでした。入社早々、軍隊のような研修が始まりました。配属先も地元東京から遠く離れた愛知県の工場地帯。ひとたび異常を知らせる警報が鳴れば、たとえ深夜だろうが急行します。深夜の工場はひっそりとしていて、とても不気味でした。物音がしたと思ったら、物陰からネズミが飛び出してくるのはしょっちゅうです。ネズミにおびえながら異常の原因を突き止め、泥だらけになりながら復旧作業を行います。そんな日々が続いたので、朝から晩まで心休まる瞬間はありません。

―過酷な現場だったものの、5年勤め上げた。

新卒で入社した会社というのもあって、簡単には転職したくないと思っていました。ただ事業のひとつに生命保険をご紹介していたのですが、保険の営業担当と同行したときに衝撃を受けました。待ち合わせ場所にいると、遠くから高級外車のベンツが向かってきて私の前で止まりました。そして中から高そうなスーツをビシッとまとった営業担当が下りてきたんです。「あぁ、こんな世界もあるんだ」と憧れを持ち、転職を考えるようになりました。
また父が40年以上、自営業で働いていたのですが、毎日休みなく仕事をしていたんですね。ただ好きな仕事をしていて、休みがなくてもイキイキと働いている姿が印象的でした。そんな父の姿も見ていたので、『いつかは独立したい』と頭の隅で考えていまして、新卒から5年目の27歳の時に、独立も視野に入れた職業ということで、生命保険の営業に転職することにしました。

5畳半の家賃すら払えなかった私が約10年でFIREした逆転ストーリー

『あんな風になりたい!』希望をもって転職した生保営業では芽が出ず人生の岐路に立たされる

―転職した保険営業はフルコミッション

前職とは違い自分で仕事の裁量が決められますし、内容的にも“人生を守る”ということに直接携われる仕事でしたので、信念をもって取り組んでいました。ただ、現実はなかなか甘いものではなく、保険を販売することはできましたが、私が不器用だったことも要因でその先の紹介につながりません。入社から2年間は固定給が出ましたが、その先は完全歩合制。なかなかお客様とのつながりがつかめないまま2年が経ち、給料がガクッと下がってしまいました。ひどいときには、月収5万円。当時は現在の妻と同棲していましたが、お金がなく5畳半のワンルームに2人身を寄せ合っていました。その5畳半のワンルームの家賃ですら支払えず、共働きだった妻から食費だけでなく、家賃もサポートしてもらっていました。

―奥様の献身的なサポートがあったのですね

妻には感謝してもしきれません。妻を路頭に迷わせるわけにはいかず、他の道を探し始めていました。そんな時に、父から不動産投資のことについて話を聞く機会があったんです。


5畳半の家賃すら払えなかった私が約10年でFIREした逆転ストーリー

『収入の柱を増やしてみないか?』父からの助言で考え始めた東京中古ワンルーム投資

―不動産投資はお父様から伺った

先ほどお話ししましたが、父は40年以上自営業を行っていたのですが、何も心配もなく自営業を続けられたのは、30年以上続けていた不動産投資による家賃収入があったことがひとつの大きな要因です。
仕事がうまくいかない私を見て、父は『収入の柱を増やしてみないか?』と話をしてくれたのです。当時の私は不動産投資のことについて全く知らず、父から不動産投資の仕組みやどんな物件を持っていて、どれだけの家賃収入があるのかを詳しく教えてもらいました。
“安定した収入源”
当時の私が喉から手が出る、まさに希望の光でした。

―実際の不動産投資は、お父様と同じ東京中古ワンルーム投資を実践

そうですね。詳しくは前回の記事を見ていただければ幸いです。

月収5万円の「ダメ営業マン」だった私が40歳でFIREを実現した方法

とにかく、1戸目のマンションが完済されて、経費が差し引かれた家賃収入が丸々入ってきた時には感動を覚えました。毎月、安定して同じ金額が入金される。そのことが、私の資産形成に拍車をかけたのです。

『2人でがんばればなんとかなるよ』妻の言葉が大きな後押しに!FIREへの第一歩を踏み出す

―1戸目の購入の最後の決め手となったのは?

やはり妻の言葉ですね。どん底の私でしたが、妻は離れることなく、むしろ『2人で稼いで頑張っていけば何とかなるよ』と声をかけ続けてくれました。その言葉に奮い立たされて、仕事を頑張り、たまったお金を不動産投資に費やし、40歳でアーリーリタイアを達成。今は妻と娘と3人で、時間の制約の無いなかで悠々自適な生活を送っています。
また仕事も、保険や不動産投資の営業としての経験を生かして、本当の意味でお客様の人生に寄り添うサポートができています。こういった生活が実現できている今、本当に不動産投資で資産形成を進めてきてよかったと確信しています。
私は20代後半から東京中古ワンルーム投資をスタートしましたが、40代・50代で始める方は多く、なかにはアーリーリタイアを達成したオーナー様もいらっしゃいます。サラリーマンの信用力を活用できるのはサラリーマンの特権です。ぜひ、仕事や人間関係、人生に悩まれているサラリーマンは、東京中古ワンルーム投資を検討してみてはいかがでしょうか?

山田 健二氏 Kenji Yamada
山田 健二氏 Kenji Yamada
現在41歳、人の役に立ちたいという想いで大手警備会社に就職。
現場の急行員を経験し、その後保険の代理店に出向し保険営業となる。

27歳の時提携していた大手生命保険会社に転職し、 完全歩合給の生命保険の営業に挑戦するもなかなかうまくいかずに、 月手取り給料5万円となりどん底の20代を経験する。

31歳で日本財託に転職し、9年間で246名の方の資産作りのお手伝いをするとともに 自分自身も8戸物件を所有し、手取りで毎月30万円程の不労所得を得て 今年3月にセミリタイヤを実現する。

資格: 宅地建物取引士、AFP、相続知識検定マスター