国家は「資本の下僕」『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』【書評】

前著『資本主義の終焉と歴史の危機』において、日本の長期にわたる超低金利状態に着目し、そこに「資本主義の終わり」の兆候を見て取った著者は、景気優先の成長主義からの脱却を唱え、近代資本主義・主権国家システムに代わる新たな世界システムへの転換を唱えていた。ただし、「歴史の危機」の先にあるシステムの姿までは描けていなかった。

本書は、前著の議論を再説・補足しつつ、そこからさらに踏み込んで、100年先を見据えた世界の未来像をおぼろげながらも提示している。それは、いくつかの「定常経済圏」を内包する複数の「閉じた帝国」が併存する世界である。日本はこの新たな世界システムにいつでも適応できるよう今のうちに準備しておく必要があるというのが著者の主張である。

『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』 著者:水野和夫 出版社:集英社 発売日:2017年5月22日

閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済
(画像=(画像=Webサイトより))

蒐集の歴史の終わり

著者の議論の鍵となるのが、「蒐集(しゅうしゅう)」という概念である。著者は、エルスナーとカーディナルの『蒐集(Cultures of Collecting)』に拠りつつ、その起源を旧約聖書の創世記にまで遡る。同書によると、ノアの方舟の物語から、人類を救済する(save)ために蓄える(save)ことが「蒐集」の意味になったようだ。そしてこの「蒐集」がヨーロッパ精神を形成してきた。資本主義がヨーロッパで誕生・発達したのもそのためだという。

著者の議論は、利子率に着目するところから始まる。日本の10年国債利回りは1997年に2.0%を下回って以来すでに20年が経ち、2016年にマイナス金利となっている。著者は、長期金利を資本利潤率の近似値とみなし、利子率=利潤率が2.0%を下回った状態では、いくら追加の資本を投下しても高い利潤が得られないと説明している。

こうした超低金利状態が長期間続いた例は過去に一度しかないらしい。1611年から11年間金利が2.0%を下回り続けたイタリア・ジェノヴァにおける「利子率革命」である。それは、ブローデルのいう「長い16世紀」(1450~1650年)の後半に起こった。

現在、先進国では人類史上最長となる超低金利状態が続いているが、これは「実物投資空間」(地理的・物的空間)から資本を蒐集することができなくなったこと(=フロンティアの消滅)を意味する。だが、「成熟した経済」の証であるというこの「定常状態」(=ゼロ成長社会)の持続を追求すべきとする著者の主張は、賛否が分かれるところだろう。

アメリカによる「電子・金融空間」の構築