富裕層が自治体を変え始めた米国

米国の行政区分は分かり難いですが、大まかに言えば州の下に群があり、その下もしくは同列に市(city)があります。ところが最近、驚くべき事が起きています。この市、つまりCityが郡から独立するという事態が相次いでいるのです。

独立しているのは、100万ドル以上の資産を持つとされている富裕層が暮らす高級住宅地域です。彼らは所得の再配分を不満とし、自分たちで市の境界線を決めて独立し始めたのです。つまり、高い税金が自分たちへのサービスよりも貧困層に使われている、という不満です。独立は法的には可能なことで、富裕層は郡の上位にある州議会に働きかけ、住民投票を行った上で合法的に独立しています。しかも彼らはビジネスの手法を公共サービスの運営に応用することで運営コストを半減させ、減税までをも実現しようとしています。その一方、富裕層に独立されてしまった郡は税収が減少し、福祉サービスなどの予算を削減せざるを得ず、貧困層の生活がダメージを受け始めています。

この事態をオバマ大統領は、米国の格差が固定化しているとして懸念しています。この、格差社会が自治体のあり方や、国家のあり方を揺るがしている米国の現状を見ていきます。

富裕層の不満

例えばジョージア州では、3月に新たな自治体の設立が議論されました。法案を提出したのは富裕層の住民達です。彼ら富裕層は、自分たちの税金が自分たちに使われていないことを述べ、自分たちで作った自治体であれば、より効率良く税金を使うことができる、と主張しています。しかし反対派は、この法案は有色人種や貧困層を隔離するためのものだとして反発しています。

法案を提出した富裕層の代表者は主張します。例えば警察官が治安の悪い貧困層が住む地域に重点的に配置されているため、自分が暮らす地域の治安が悪化していると。つまり、より高い税金を払っているはずなのに、サービスは却って手薄になっているではないか、という主張です。だから、自分たちでより理想的な自治体を作りたいのだ、と訴えているのです。

実は彼らを後押ししているのは、既に独立して成功している例としての同じジョージア州のサンディ・スプリングス市の存在です。サンディ・スプリングス市は約9万4000人が暮らしており、住民の平均年収は1000万円前後だと言います。職業も医師、弁護士、経営者などの富裕層です。サンディ・スプリングス市は2005年に、フルトン郡から住民投票を経て独立しました。住民投票では賛成が94%と圧倒的な支持を得ており、やはり高額納税者の税金が貧困層に使われていることが原因でした。サンディ・スプリングス市の初代市長であるエバ・ガランボス氏は、自分たちの税金が自分たちには使われていなかった、と述べていますまた、住民グループの代表であるオリバー・ポーター氏も、政府の所得再配分は、人のお金を盗む行為だとして非難しています。

富裕層による自治体の誕生

それではこの「成功例」と言われているサンディ・スプリングス市は、どのように運営されているのでしょうか。

ジョージア州が法律で決めたサンディ・スプリングス市の財源は豊かです。富裕層が払う固定資産税の15%、売上税の一部、酒税など、2013年の税収は日本円で約90億円となり、州内トップクラスの財源をもつ自治体となっています。財源が豊富なだけではありません。彼らはビジネスの手法を市の運営に取り入れ、ほぼ全ての業務を民間に委託しました。市民課も税務課も、建設課や裁判所まで民間に委託しました。例外としたのは警察と消防程度です。

その結果、たった9人の職員で市の運営を賄うことに成功したのです。このコスト削減効果は驚異的な成果です。なぜなら同規模の他の自治体であれば、職員数は数百人必要だとしているからです。そして市の運営費は当初予想していた半額に抑えられ、それでも住民を守るサービスなどは以前より手厚くなっているのです緊急センターでも10秒以内に電話を取る義務などが実施され、警察や消防は90秒で出動します。

市民はこのような公共サービスを高く評価し、このモデルを成功例と見た全米の富裕層が移住してきているため人口が増加し、さらに税収が増加するという豊かさへの循環が起きています。