ウォール街を驚嘆させたHFTの勝率

その勝率の高さ故に注目されている投資手法にHFT(High-frequency trading:超高速取引)があります。 このHFTでは、ミリ秒(1,000分の1秒)単位で売買注文が出され、株式だけでなく、外国為替、各種先物、オプションなどで活用されています。 このHFTに特に業界が注目したのが、HFTを手がけている「バーチュ・ファイナンシャル」という投資会社が2014年の4月初めに上場すべく、3月に開示した資料上の数値でした。 それは同社の取引実績を示した数字で、5年間、つまり1238日の取引の内、損失が発生したのがたったの1日だったという驚異的な勝率でした。しかもその1日は、ヒューマンエラーだったと言います。

これにウォール街が驚嘆したのです。 さらにシタデル・インベストメント・グループがやはりHFTを活用した「タクティカル・トレーディング・ファンド」の、2007年にファンドを設立して以来の累積リターンが300%を超えたという報道もHFTへの注目を高めました。 すでに現在では、米国市場の取引ではHFTが50%以上を占めており、日本でも東証の売買代金の35%から40%を占めていると言われています。 しかし、このHFTが違法取引なのではないか、という疑惑の波紋がウォール街に広がりました。


『Flash Boys』の衝撃

それは上場を予定していたバーチュ・ファイナンシャルは、上場を延期せざるを得なくなるような衝撃でした。 その衝撃とは、ノンフィクション作家であるマイケル・ルイス氏が発表した新著『フラッシュ・ボーイズ(Flash Boys: A Wall Street Revolt)』が起こしたものです。 マイケル・ルイス氏は米国では最も有名なノンフィクション作家の一人で、特に経済系を得意とします。

有名な作品には、『マネーボール』『ブラインド・サイド』など映画化されたものもあるので、ご存じの方も多いでしょう。 『フラッシュ・ボーイズ』はまだ日本語版が出版されていませんが、主人公は日経カナダ人という設定です。 同書にはHFTに批判的な内容が書かれていたため、そのことがきっかけとなり、米国でHFTが社会問題化しました。 特に問題視されたのが「先回り」取引です。詳しくは後述しますが、HFTが超高速で売買を行う機能を持っていることで可能とされる違法性が高い取引です。 発注情報は複数の取引所間をSIPと言うシステムを行き交いながら集計されていきます。ところがHFTはこのSIPより高速で売買できるのです。そこに違法取引が行われる隙があると問題視されたのでした。 マスコミでも大々的に取り上げられたこともあり、規制当局も調査に乗り出すことになります。

マイケル・ルイス氏はテレビインタビューでも、HFTを利用したフロントランニング(仲介業者が顧客の注文の前に自分の注文を先に出すこと)が行われていることは明らかだと答えています。 それを受けて、司法省、FBI(米連邦捜査局)、SEC(証券取引委員会)がHFTを調査し始めました。 しかしHFT業者や取引所側は、HFTに不正は無いと主張しています。


ピークを過ぎたHFTの利益

驚くべき勝率をたたき出しているHFTですが、実は業界全体の利益は既にピークを過ぎてしまい、現在は年々減少傾向にあると言います。 実際、そのことを示す動きが出ています。 まずHFT会社のテザ・テクノロジーが、外部投資家の資金を受け入れるクオンツファンドを設定しようとしているという可能性です。 今までテザ・テクノロジーはパートナーからの資金のみを運用してきましたが、ここにきてパフォーマンスが上がらなくなったため、運用手数料による新たな収入源を必要としているのだと見られています。

また、クレディ・スイスのHFT関連事業が、実はそれほど儲けていない、ということが同社のブレイディ・ドゥーガンCEOから伝えられています。確かにクレディ・スイスにとってHFT関連の収入は5~8%だと言われています。この数字は、HFTに世間が抱いているぼろ儲けのイメージとはかけ離れた数字を示していると言えます。 このようにHFTでの利益がピークを過ぎて減少傾向にある理由は何でしょうか。

実は理由は単純で、HFTを行う業者が増えすぎたことにあります。HFTがもてはやされると同時に、それに携わっていたトレーダーやエンジニアが独立したり、競合他社からヘッドハントされたりするなどして、同じアルゴリズムが拡散してしまいました。 その結果、同じ手法による参入業者が大量に増え、過当競争が発生することで各社の儲けが減ってしまったのです。