こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。
安倍政権は黒田日銀総裁の異次元緩和を中心とした金融政策を政策の柱に置き、デフレ脱却を目指しています。経済にとってはマイルドなインフレが良いという言説の是非はさて置き、インフレによる財政問題の解決は、財政学的に見れば「フィスカル・ドラッグ」という問題も起こりえます。
そこで本稿では、日本政府の財政問題について簡単に整理した上で、インフレが実質債務残高を減らすインフレ税の危険性について整理し、更に累進課税制度がフィスカル・ドラッグを引き起こす点について指摘します。その上で、債務問題を健全に解決する為のベンチマークとしてのドーマー条件を紹介し、フィスカル・ドラッグを回避する為の方法を検討します。
日本政府の財政問題
日本政府の財政問題を見る上で第一に見るべきものは債務残高とその対GDP比です。図1は、1980年以降の日本の債務残高とそのGDP比の推移を示しています。1990年以降から債務残高のGDP比の伸びが大きくなっており、現在はGDPの2倍以上にもなっています。
図1:日本の政府債務残高と債務残高対GDPの推移
出典:
世界経済のネタ帳
注:2012年と2013年はIMFによる推計値を示す。
GDPの2倍以上の債務残高というのは世界一の水準であり、図2は債務残高のGDP比の高い上位30国を示していますが、日本の政府債務残高は飛び抜けて多い事が分かります。
図2:政府債務残高対GDP比が多い上位30カ国(2012年)
出典:
世界経済のネタ帳
インフレ税とは
この財政問題を解決する上で手っ取り早く、かつ、禁じ手とされるのがインフレ税です。政府はシニョレッジと呼ばれる「通貨発行権」を持っているわけですが、それを濫用してマネタリーベースを増やし、インフレへと誘導する事は資産価値の目減りを引き起こします。インフレ率が上がると、資産の名目額が変わらない場合は購買力が下がるからです。資産が目減りするという事は、その対極である負債(誰かの資産)も目減りするのであり、インフレは債務の実質的な減少を引き起こします。
このインフレによる資産の目減りをインフレ税と呼びます。インフレが「実質的な増税」であるという意味です。これを意図的にやっているとすると、インフレに歯止めがかからなくなるかもしれませんし、民間の購買力も下がってしまいます。
累進課税制度がもたらすフィスカル・ドラッグ
また、インフレは資産の目減りによるインフレ税だけでなく、実際的な意味で増税となる場合があります。
所得税を例に考えてみましょう。日本の所得税は基本的には5~40%の6区分になっており、下図3のように課税前総所得から控除額を引く事で所得税額を計算出来ます。
図3:所得税の速算表
出典:
所得税の税率(国税庁)
仮に課税前所得が690万円のAさんを想定しましょう。この人は、
6,900,000×0.2-427,500 = 952,500円
で952500円を納税する事になり、実効税率は、
(952,500 ÷ 6,900,000) × 100 = 9.46%
で9.46%です。
さて、この状態から5%インフレになったとしましょう。インフレに合わせてAさんの課税前所得も5%上がり、724.5万円になったとしましょう。課税前所得の購買力はインフレ前の690万円と同じです。
しかし、所得税率は20%から23%に上昇するので、
7,245,000 × 0.2 - 636,000 = 1,030,350円
で納税額は103万350円となり、実効税率は、
(1,030,350 ÷ 7,245,000) × 100 = 14.22%
と9.46%から5%近くも実効税率が上がってしまいます。
このように、課税前所得の実質額が変わらない場合でも、累進課税によって課税後所得の実質額が下がってしまう事があるのです。 こうした財政制度が起因となって経済成長が阻害される現象を「フィスカル・ドラッグ」と言います。
所得税の累進課税制度は6段階になっているので、各段階の境界近くの所得額を持つ人はかなりの割合で存在し、彼らの実質所得がインフレ以上に目減りする事になるので、経済への悪影響は計り知れません。 インフレで財政難を解決する事は、単純に実質債務が減る以上に悪影響があるので、その方法を取れば、更に不況を招くかもしれません。
ドーマー条件
インフレ税に頼ってフィスカル・ドラッグの罠に陥らない為にも、健全な方法で財政問題を解決する必要があるでしょう。その一つの判断基準として「ドーマー条件」があります。ドーマー条件の導出方法はそれほど難しくはありませんが、冗長になるので割愛し、ドーマー条件のみを紹介しましょう。
ドーマー条件は、政府債務残高(B)の対GDP(Y)比の変化率を表す式で、政府債務を維持する上で、この比率が継続的に増えていかない事が重要になります。GDPに対する政府債務比率の変化に関係するものが、G(政府支出)とT(税収)、g(経済成長率)とi(利子率です。
経済成長率(g)と利子率(i)が等しい場合、税収(T)より政府支出(G)が多ければ債務比率は増えていきます。一方で、政府支出(G)と税収(T)が等しい場合でも、利子率(i)を上回る経済成長率(g)を実現していれば、債務比率は増えません。
最後に、このドーマー条件の関係を見る事でフィスカル・ドラッグを回避しつつ、債務問題を解決する方法を簡単に検討しましょう。
フィスカル・ドラッグを回避するには
日本の利子率(ここでは長期金利)は極めて低い状態で推移しているので、実質経済成長率は低いと言えども、金利を大きく下回っている事はありません。債務比率が増えているのは、政府支出が税収を大きく上回っているからです。
成熟国家である日本において高い経済成長率はあまり見込めない以上、債務比率を維持する為には税収と歳出を近づける必要があります。インフレ税ではフィスカル・ドラッグという悪影響を及ぼす可能性が高い以上、根本的なシステム・財政運営の改革が必要でしょう。消費税増税など税収を上げる為の方策は取られていますが、肝心の歳出の抑制という観点も必要でしょう。
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Tambako the Jaguar
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