こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。
為替変動や通貨危機などが国の経済に大きな影響を与えてきた歴史から、様々な為替相場制度が発達してきました。今回は、その中の通貨バスケットについて説明します。 本稿では、まず為替相場制度を大きく3つに分類し、その中に通貨バスケットがどのように位置付けられるかを説明します。その上で、通貨バスケット制がどのようなものかを説明し、そのメリット・デメリットについて述べます。最後に、アジア諸国で使われている通貨バスケットの実態について補足します。
3つの為替相場制度
為替相場制度を細かく見れば、単純なものから複雑なものまで様々ですが、現在世界で採用されているものを大雑把に分類すれば、以下の3種類になるでしょう。
- 自由変動相場制(フロート制)
- 管理変動相場制(管理フロート制)
- 固定相場制(ペッグ制)
(1)の自由変動相場制(フロート制)は、いわゆる変動相場制の事で、為替レートの変動を規制せず、自由な取引の中で為替レートが決定する事を認めています。日本やアメリカなど多くの先進国で採用されています。
(2)の管理変動相場制(管理フロート制)は、通貨当局が定める相場を標準として、一定の変動幅を定めた上で、その価格範囲内でのみ自由な取引を認める為替相場制度です。
(3)の固定相場制(ペッグ制)は、別の通貨に対して為替相場を一定水準に固定する為替相場制度です。嘗てのブレトン・ウッズ体制における「金1オンス=35ドル」や「1ドル=360円」は固定相場制の代表例です。米ドルのみに対して固定する事を特に「ドル・ペッグ制」と言いますが、複数の通貨に対して固定する事を「バスケット・ペッグ制」と呼びます。このバスケット・ペッグ制が、本稿で取り上げる「通貨バスケット制」のことです。 では、通貨バスケット制とはどのような為替相場制度でしょうか。
バスケット・ペッグ制(通貨バスケット制)
通貨バスケット制は、前述したように「複数の通貨に対して為替相場を固定する為替相場制度」です。簡単に言えば、複数の通貨に対して重み付けをして、加重平均して為替レートを決定する仕組みです。
通貨バスケット制の仕組みを簡単な例で説明してみましょう。仮想国Aがあったとして、その国の通貨が「VAD(Virtual A Dollar)」であるとしましょう。このVADは米ドル(USD)に対して50%、日本円(JPY)に対して30%、ユーロ(EUR)に対して20%の重み付けをした通貨バスケット制を採用するとします。ここで、VADのレートを「1 VAD = 0.2 USD」(1 USD = 5 VAD)としてスタートさせる事にしましょう。 現在のレートは、1 USD = 100 JPY、1 USD = 1.2EURだとします。
この時、5 VADの価値の50%がUSD(0.5 USD)、300VADの価値の30%がJPYのドル換算(0.3 USD = 30 JPY)、300 VADの価値の20%がEURのドル換算(0.2 USD = 0.24 EUR)で構成されています。つまり、1 VAD = 0.1 USD + 6 JPY + 0.048 EUR (5 VAD = 0.5 USD + 30 JPY + 0.24 EUR)です。
この通貨バスケット制の状態で、1 USD = 1.2 EURのレートは変わらないまま、仮に1 USD = 120 JPYになったとしましょう。この時、仮想通貨VADのレートは、
1 VAD = 0.1 USD + (6 ÷ 1.2) JPY + (0.24 × 1.2) EUR
= 0.1 USD + 5 JPY + 0.288 EUR
≒ (0.1 + 0.0417 + 0.24) USD
= 0.3817 USD
という風に、1 VAD = 0.2 USD から1 VAD = 0.3817 USDに変動します。
通貨バスケットのメリット
ある1国との経済的な関係が極めて強い場合はドル・ペッグ制等特定の通貨に固定するだけで大きな問題は無いのですが、一通貨と固定するという事は、その他の通貨との為替レート変動は容認する事になり、複数の国と経済的な関係を強く持つ場合、特定通貨だけに固定していると、他の為替レートが割高・割安になって貿易関係等に大きな影響が出る事があります。
一方で、経済関係の強さなどに応じて幾つかの通貨を選び、例えば貿易ウェイトで通貨バスケットを組めば、特定の通貨が大幅に増価・減価しても、その影響は小さくなります。ドル・ペッグ制を利用していた新興国の中で、通貨危機以降に通貨バスケット制に移行した国が多いのはこうした理由からです。 貿易ウェイトを考慮した為替レートに実効為替レートがありますが、実効為替レートは通貨の相対的な価値を見る為の指標に過ぎないのと違って、貿易額で加重平均した通貨バスケットは近似的な実効為替レートと解釈する事も可能です。
通貨バスケットのデメリット
一方で、通貨バスケット制にも問題が無いわけではなく、デメリットも当然あります。一般的には「複雑性」と「非透明性」が指摘されます。 複雑性は、通貨バスケットの仕組みの都合上、制度が複雑な上、更にバスケットに組み入れる通貨それぞれに対して市場介入をするとすれば、それだけ運用上の不都合も生じます。
非透明性とは、通貨バスケット制の中身はどうなっているか、通貨バスケット制が適切に運用されているか等が分かり難い事を指しています。シンガポール等はバスケットの構成を公開していますが、中国などのように公開していない国も多いです。勿論、後述するように実際の為替レートの変動から各通貨のウェイトを推計する事は可能なのですが、運用実態を判別しにくい事は事実です。
アジア諸国の通貨バスケットの実態
最後に、アジア諸国の通貨バスケットが実際にどのように運用されているかを見てみましょう。 通貨バスケットの運用実態が一見しては分かり難いとは言え、推測が不可能ではなく、米ドル・日本円・ユーロの為替相場で通貨バスケット制採用通貨のレートを説明する回帰分析を行う事で、どのようなバスケットが組まれているかを推計する事は可能です。
佐藤(上川・藤田編, 2012: 374-376)は、アジア諸国の通貨バスケットのうち、米ドルが占めるウェイトを推計しています。下図はその推計結果を示しています。2011年の時点の推計を見れば、シンガポール・ドルを除いて米ドルのウェイトを高くしている傾向が見られます。時系列で見ると、大きく変動しており、通貨当局が積極的に操作を行っている事が分かります。一部ウェイトが1.00を超えている所がありますが、これは為替レートの大幅な変動がもたらした推計誤差である事に注意してください。
図:アジア諸国の通貨バスケットにおける米ドルのウェイト推計値
出典:佐藤(上川・藤田編, 2012), p. 375 表17・2
参考文献:佐藤清隆「アジア諸国の為替相場制度と地域通貨強調」(上川・藤田編(2012)『現代国際金融論〔第4版〕』有斐閣)