「貧弱な産業構造」から脱却し生産性を上げよう

日本経済,デービッド・アトキンソン
(画像=THE21オンラインより)

高齢化や人口減少を背景に、今や日本は世界の課題先進国として注目されている。ところが、政府の対策と言えば、高度成長期の経済モデルを前提とした量的緩和政策や働き方改革だけ。急激なパラダイムシフトを迎え、どうすればいいかわからず手をこまねいている。そんな状況に警鐘を鳴らすのが、在日30年のアナリストであるデービッド・アトキンソン氏だ。日本が再び、浮上するためにはどうすべきなのだろうか。

世界に日本が参考にできる国はない

世界のどの国よりも早く、かつケタはずれの規模で人口減少と高齢化に見舞われる日本。

「これまでのやり方を続ければ、日本経済は崩壊する」と警告するのは、ゴールドマン・サックス金融調査室長を務めたデービッド・アトキンソン氏。

立ち行かなくなるのは企業も同じ。「この未曽有の時代を生き残れるのは、中堅以上の規模の企業だけ」と指摘する。

「日本は、2015年から60年までの間に、労働人口が約7700万人から約4400万人に減少します。すると何が起きるか。労働力の奪い合いです。必然的に、高い賃金を払える企業が有利になります。

では、賃金水準の高い企業とはどういう企業かといえば、規模の大きな企業です。したがって、企業規模を拡大する企業だけが生き残ると予測できます」

日本の全企業の99.7%を占める360万社の中小企業の命運はどうなるのだろうか。

「高い賃金を払えなければ、人が採用できません。小規模な会社を中心に人がいなくなり、会社が消滅する流れは止められないでしょう。それを避けるには、合併して企業規模を大きくするしか道はありません。

日本は人口減少の課題に直面する最初の国です。人口が増加し続けているアメリカの経済をモデルにしても仕方がないですし、日本と同じ状況にある国はないのですから、世界に日本が参考にできる国はありません」

「安くていいもの」が日本を滅ぼす?

日本企業は「安くていいもの」を追求し、競争力の源泉にしてきた。平成まではそれでも経済が成り立っていたが、令和では通用しないという。

「安くていいものを追求する経営戦略は、人口が増加する時代には正しい戦略でした。なぜなら、人口が増加すれば総需要も増えるからです。

単価を下げれば、より多くの人が買いやすい状況になり、売上げが増えて規模の経済が働きます。

『安くていいもの』は、人口増加時代の遺産です。人口増加から減少へと転換している今、経営戦略も転換させなければなりません」

国内需要が減るなら、海外市場を開拓すれば売上げは確保できるかもしれない。それでも、「いいものを安く」の戦略は、日本では進めるべきではない。

「その理由は簡単です。高齢化が進めば、年金や医療費など社会保障費の負担が増えます。

一方、それを支える現役世代の数は減っていくので、1人あたりの負担が重くなります。そのぶん、給料を上げていかなければならないからです。

労働者の安い賃金で成り立っている『いいものを安く』の経営戦略は、これからの時代は国益に反することになると言わざるを得ません」

賃上げと生産性向上が経営者の責務だ

社会保障制度を維持するには、賃上げは必須。そのための施策を考え、実行するのが、令和以降の経営者の仕事だとアトキンソン氏は主張する。

しかし、賃上げの議論は一向に進まず、その間にも国が崩壊する危機は刻々と近づいている。

「『なぜ自分たちがやらなければならないのか』と経営者は思っているようです。自分のことだけを考えればそうかもしれませんが、国全体を考えれば、給料を上げる仕組みが必要なのは明らかです。

他人任せは、日本企業や日本人の悪い癖です。人口増加の時代なら、他にもやってくれる人はいるかもしれませんが、人口減少の時代には、1人ひとりの責任は重大です。

社会保障費捻出のために、経営者が賃上げを決断しなければなりません。彼らに賃上げする気がないのなら、最低賃金の引き上げを強制するしかないでしょう」

最低賃金を引き上げるもう1つの狙いは、生産性を高める強制力を働かせることだ。

「最低賃金が高くなれば、利益が圧迫されます。だからといって、増えたぶんの人件費を価格転嫁するのは容易ではありません。利益を取り戻すためにも、生産性を高める必要が生じます。

生産性をどう高めるかは、360万社それぞれに答えがあるはず。その答えは、経営者1人ひとりが考えなくてはなりません」

これからは労働者にも応用可能なスキルが必須

生産性向上の鍵は、「いいものをより安く」から、「よりいいものをより高く」への転換にある。

「『いいものをより安く』は、低賃金で働く優秀な労働者がいれば、誰にでも実現できます。この戦略は『Low road capitalism』と呼ばれていて、日本語に訳すと『安易な道』というニュアンスがあります。

その根本的な考え方は価格競争で、大量生産でマスマーケットを狙います。労働者に求められるのは、単純作業をこなすためのスキルです。

つまり、『低付加価値・低所得資本主義』と言い換えることができます。日本には高い技術力があり、労働者の質も高いのに、労働者の生産性が世界で29位なのは、低付加価値が主な要因です。

これに対して、『よりいいものをより高く』の戦略は、『Highroad capitalism』と呼ばれます。安く作ることよりも、顧客ニーズに合った品質や価値を重視します。

労働者には、マーケティングや調査・分析、問題解決、人を説得するための能力など、広く応用できるスキルが求められます。『高付加価値・高所得資本主義』と言い換えられます。

前者に比べると茨の道ですが、生産性向上を目指すなら、こちらの戦略に移行すべきです」

中小企業を集約し戦える産業構造に

生産性向上のネックになるのが、すでに言及した「中小企業問題」である。小規模企業が多すぎることが、日本経済低迷の根本的な原因──アトキンソン氏が分析する日本経済の問題は、この点に凝縮されている。

「生産性を上げるには、何よりもまず、企業規模を大きくする必要があります。

例えば、社員数3人・売上げ1億円の小さな会社で、ビッグデータ活用のためのAI技術を導入したとしても、活用できません。あるいは、商品を海外に輸出するにしても、市場開拓に限界があります。

結局、生産性を上げるには、技術の導入や人材教育が不可欠です。それを実現するには、ある程度の企業規模が必要なのです。

確かに、日本の技術や労働の質といった潜在能力は高いかもしれません。『最先端技術を使えば日本経済はよくなる』という論調もよく聞かれます。

しかし、それらを使える産業構造が整っていません。だから実績を上げられない──これが日本の現状です。政府が矢継ぎ早に繰り出す補助金や経済特区などの施策も、産業構造が貧弱なままでは対症療法でしかありません。

例えていうなら、『あなたは、オリンピックに出れば金メダルを取れる可能性がありますよ』と、布団から出ない人に言っているのと同じです。可能性があっても、布団から出ないのでは意味がありません」

「まずは布団から出るべき」とアトキンソン氏。それはつまり、多すぎる中小企業を集約し、″戦える産業構造”へ転換を図ることだ。

ただし、ここでも壁が立ちふさがる。現状では、企業が産業構造転換に向かうインセンティブに欠けるのだ。

「優秀な労働者が安い賃金で働いてくれている以上、生産性を高めるために産業構造を変えなければならない理由が経営者にはないのです。だからこそ、最低賃金の強制的な引き上げがインセンティブになるかもしれません。

これから日本人1人ひとりの社会保障費負担が重くなる中、賃上げに協力してもらえない企業は退出していただくしかありません。最低賃金の引き上げは、企業の考え方を改めてもらうための最高の戦略になると思います」

賃上げの問題は、結局のところ、経営者の問題である。しかし、そうであっても、働く私たちが日本経済の危機に関して無知でいいはずはない。

「経営者を動かすには、労働者が賃上げを要求していくしかありません。それと同時に、企業が賃上げに否定的なら、自身が生産性の高い人材へと成長し、より高賃金の企業に転職することも考えていいかもしれません」

デービッド・アトキンソン(でーびっど・あときんそん)
小西美術工藝社代表取締役社長
1965年、イギリス生まれ。日本在住30年。オックスフォード大学で「日本学」を専攻。ゴールドマン・サックス時代、金融調査室長として日本の不良債権の実態を暴くレポートを発表し、注目を集める。その後、国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社し、2011年より現職。『デービッド・アトキンソン 新・観光立国論』『新・所得倍増論』(いずれも東洋経済新報社)など著書多数。(『THE21オンライン』2019年06月20日 公開)

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