「まったく、やってくれるよ!」ウォール街の市場関係者が電話口で吐き捨てるように言った。2月28日、落ち着きを取り戻しつつあった米株式市場がパウエル・ショックに急落したからだ。

パウエルFRB(米連邦準備制度理事会)新議長が初めて公の場に登場したのは2月27日の議会証言であった。ウォール街はもとより、世界中の市場関係者の注目を集めたパウエル新議長の発言。彼の発言の何にマーケットは怯え、「動揺」したのか。ここであらためて情報を整理しつつ、今後の影響についても分析してみよう。

市場の動揺を招いた「パウエル発言」

株価,予想
(画像=PIXTA)

まず、今回の議会証言でのハイライトは、2018年の利上げ回数が年3回を超す可能性について問われたパウエル議長が「(年3回の利上げシナリオを提示した)昨年12月に比べ、米景気見通しは強まっている」と率直に述べた場面であろう。

この発言をきっかけに「年4回の利上げの可能性」が浮上し、長期金利が上昇したことが株価を押し下げた。フェドウォッチによる3月のFOMC(米連邦公開市場委員会)の利上げ確率も90%を越え、マーケットはこれを急速に織り込むかたちとなったのだ。

パウエル議長は、景気見通しが強まった理由としてトランプ政権の大型減税を挙げ、「米経済が直面していた逆風は追い風に変わった。大幅な減税などの財政政策で景気が刺激され、輸出が堅調に推移している」と述べている。

また、物価目標の2%達成について「目標に向かって上昇すると確信を深めている」とも発言している。

ただし、減税法案の成立による景気見通しの上方修正やインフレ目標達成への自信はイエレン体制を引き継いだものであり、そこに目新しいさは感じられない。

とはいえ、率直な物言いも含めて、今後の金融政策について「さらなる利上げが最善だ」とし、引き締め路線の継続を示したことはマーケットに衝撃を与えるに十分だった。そもそもパウエル議長はハト派のイメージが強かったこともあり、一連の引き締めに前向きな発言は「タカ派」への転進と映ったようで、多くの市場関係者にとってサプライズとなった様子だ。

やや意外だったのは、2月上旬の世界同時株安について、金融機関や市場は安定していて大きなリスクは見られないと述べ、米経済への影響は限定的との認識を示したことだ。FRB議長が株式市場に対してやや突っ込んで言及すること自体が珍しく、ウォール街の市場関係者からは「今回の発言は株安が利上げを阻害する要因にはならないことを暗に示しているのではないか?」との声も聞かれる。

ウォール街で注目を集める「マジックナンバー」

こうした中、最近のウォール街で注目を集める「マジックナンバー」がある。それは3つの「3%」、すなわち米成長率3%、米10年債利回り3%、賃金の伸び3%だ。

「マジックナンバー」はそれそれぞれ、景気、金利、インフレを象徴しており、今後の金融市場の行方を大きく左右する可能性を秘めていると言って差し支えないだろう。

米成長率3%はトランプ政権の公約であり、昨年末に成立した減税法案により達成を期待する声が強まっている。2017年の米成長率は2.3%で2016年の1.5%から大きく上昇しているが、2018年はさらに3.0%へと成長が加速することが見込まれており、成長加速シナリオは1月までの株高の原動力でもあった。

ところが、パウエル議長の強気な見通しとは裏腹に、最近公表された経済指標は1~3月期の米成長率が期待外れに終わる恐れがあることを示している。そのことを最も端的に表わしているのがアトランタ連銀が公表しているGDPナウであり、1~3月期の成長見通しは2月1日時点の前期比年率5.4%から27日には2.6%と伸び率は1カ月で半分以下に低下した。

特に1月の米住宅市場では、新築住宅販売件数が前月比7.8%減、中古住宅販売件数が同3.2%減、中古住宅販売成約指数も同4.7%減といずれも市場の予想に反して減少し、総崩れとなったことから、米金利上昇による住宅市場の失速への警戒感が強まっている。

このほか、1月の米小売売上高が前月比0.3%減、同じく米鉱工業生産指数も同0.1%減とこちらも事前予想に反して低下したほか、1月米耐久財受注が前月比3.7%減と事前予想(1.6%程度の減少)を大きく下回った。

こうした最近の米経済指標を見ると、パウエル議長の米景気に対する強気な見方に違和感があることは否めないところだ。

レッドラインはどこだ?

一方、1月の時間当たり賃金は前年同月比2.9%とFRBの目標とみられる3.0%まであと一歩だ。また、1月のCPI(消費者物価指数)は前年同月比2.1%上昇と2.0%台を維持しており、基調的な動きを示すコア指数も1.8%上昇と2%に迫っている。

こうした動きを踏まえると、パウエル議長が2%の物価目標達成に自信を見せるのもうなずける。

しかしながら、マーケットが最も神経を尖らせているのは、米10年債利回りの3.0%超えであろう。同水準をレッドラインと考えて、株価の調整を懸念する声は少なくない。

実際、10年債利回りは議会証言前の2.8%台から、証言後には2.9%台へと上昇しており、このレッドラインに接近したことが株価急落を招いた一因とされている。

ただし、3%をレッドラインとしない見方もある。このラインはもう目前であり、3月FOMCでの利上げが確実視されていること、さらに少なくとも年内に3回の利上げが実施されることがコンセンサスであることを踏まえると、遅かれ早かれ3%を超えることは避けられそうもないように思われる。

したがって、金融市場が警戒すべきレッドラインは3.5%もしくは4.0%といったより高い水準になるとの見方もある。どちらが正解かは実際に3%を超えてみれば分かるだろう。

成長率と金利、賃金の伸びとの整合性の見極めへ

今回の議会証言では、パウエル議長が年4回の利上げを示唆したことで米長期金利が上昇し、玉突き的に株価が下落する展開となった。

とはいえ、利上げが「高成長」と「高い賃金の伸び」を伴うのであれば、株価が下落する可能性は低くなるとの見方もある。たとえば、3%成長と3%の賃上げが確保されるのであれば金利が3%でも株式市場が揺らぐとは考えづらいとの見立てだ。

パウエル議長は景気に対して強気な見方を示したが、その主な根拠は減税であり、最近の経済指標の下振れとはそもそも視点がズレている。そこにボタンの掛け違いがあった可能性もないとはいえない。

そう考えると、株式市場の行方を左右するのは景気見通し、賃金見通し、金利見通しの3つのバランスであり、このバランスが取れている限りではインフレや金利の上昇を過度に警戒する必要はないのかも知れない。逆に、このバランスが崩れた場面では細心の注意が必要となってこよう。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)