「もう、いい加減にしてくれ」「この国はどうなってしまうのだ」このところ、ウォール街の市場関係者から愚痴を聞かされることが多くなった。

3月6日のコーンNEC(国家経済会議)委員長の辞任に続き、先週13日にはティラーソン国務長官が解任され、トランプ政権からの人材流出が加速している。8日には輸入制限措置が署名され「トランプ大統領の暴走」にウォール街も頭を抱えている。実際、歴代の米大統領の中でも「自分と考えの違う者」をこれほどまでに露骨に排除する人物は珍しい。もはや彼の暴走を誰も止めることができないのだろうか。

FBI長官を「頭がおかしい」と解任

昨年5月にコミーFBI長官を解任、その理由を「頭がおかしい(ロシア疑惑の捜査を止めない)」と言い放って世間をにぎわせたトランプ大統領。最近では、前述の通りコーンNEC委員長を「言うことを聞かない(関税に反対)」といって追い出したほか、押し寄せる保護主義の波に屈せずグローバリストの牙城を守り続けたティラーソン国務長官も解任している。ティラーソン長官については昨年秋の「間抜け」発言が報道されて以来、更迭の噂が絶えなかった。

ティラーソン氏の後任にはポンペオCIA長官、コーン氏の後任にはCNBCのコメンテーターを務める経済評論家のラリー・カドロー氏が就く見通しだ。両氏とも保守派として知られており、トランプ大統領とは考えが近いとされているが、外交と経済の要の「同時交代」が果たしてどのような結果をもたらすのか、ウォール街も不安を抱えながら状況を見守っている。

ちなみに、FBI長官解任については「司法妨害」の嫌疑で現在も捜査中である。事によっては弾劾に至る可能性もあり、政治はもとより経済的にも大混乱に陥る危険性を内包している。

イランとの「核合意反故」なら原油急騰も

外交の要である国務長官の交代の影響は多岐にわたるが、最も懸念されるのが「イラン政策」だ。

トランプ大統領はティラーソン長官を解任した理由について「意見が合わなかった」としている。たとえば、イランとの核合意を認めないトランプ大統領と是認するティラーソン長官の溝が埋まらなかったことも原因の一つと考えられている。

後任のポンペオ氏は下院議員時代にイランとの核合意に激しく反対しており、対イラン強硬の急先鋒だ。国務長官の交代により、トランプ大統領が模索してきた「核合意の反故」と「制裁再開」の可能性が大きく高まったことは間違いないだろう。

対イラン強硬路線はトランプ政権が親イスラエルであることが大きく影響していると考えられるが、経済制裁でイランからの原油輸出を制限すれば、原油価格が上昇して同盟国であるサウジアラビアとともに、米シェールオイル企業にも追い風となる公算が大きい。

ちなみに、サウジアラビアを盟主とするOPEC(石油輸出国機構)とロシアを含む非OPEC産油国は2017年1月から日量180万バレルを実施しているが、米原油生産量は減産決定前の2016年10月から2018年3月までの間に190万バレル以上増加しており、OPECの減産分を相殺している。

この影響もあって原油価格は伸び悩んでおり、サウジアラビアと米シェールオイル企業はともに苦境に立たされている。

サウジアラビアは言わずと知れた米軍事産業の大口顧客であり、米国からの原油輸出が増加傾向にある点も加味すると、原油価格の上昇は貿易収支の改善に寄与するかも知れない。

中国に1000億ドルの黒字削減を要求

日本との関わりでいえば北朝鮮問題、そして中国との貿易摩擦が大きくクローズアップしそうだ。

米朝首脳会談が現実味を帯びているが、気掛かりなのは「北朝鮮との対話路線」を強調していたティラーソン氏がすでに解任されている点だ。後任のポンペオ氏は対北朝鮮でも強硬派として知られており、情勢は波乱含みと言わざるを得ない。

そもそもトランプ大統領は、北朝鮮の核問題の解決で中国が一定の役割を果たすことを期待、それと引き換えに貿易赤字の削減圧力を手控えていた経緯がある。しかし、核問題に進展がみられない中で、対中貿易赤字も拡大していることから「直接対決」へと舵を切ったと見られている。

3月8日、トランプ大統領は鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税をかける輸入制限措置に署名。この措置は中国を念頭に置いたものとされており、メキシコやカナダは除外されている。承知の通り、日本も除外を求めているが、目下のところは望み薄と言わざるを得ない。メキシコやカナダが除外されたのは、NAFTA(北米自由貿易協定)が再交渉中ということもあるが、両国は貿易赤字国という点で米国と同じだからでもある。

一方、中国や日本、ドイツは貿易黒字国であり「貿易赤字削減の対象から逃れられるとは考えづらい」との観測が有力だ。トランプ政権は14日、中国に1000億ドルの対米貿易黒字の削減を求めていることを明らかにした。日本やドイツ、韓国などにも同様の要求を突きつける可能性は十分考えられる。

「適温経済」の終焉、景気腰折れを招く恐れ

ウォール街のあるブローカーからは「ティラーソン長官をこうもあさりとクビにできるのはトランプ氏の決断力のなせる業」であり、「法人税減税にしても、イスラエルの米大使館移転にしても、見方を変えると歴代の大統領がやろうとしてもできなかった快挙をやり遂げたようにも映る」とトランプ大統領の暴走を前向きに評価する声も聞かれる。

とはいえ、主要閣僚の交代は政治的な不安定を招きかねないのも事実。また輸入関税は相手国の報復関税を招き、貿易戦争に発展する恐れもある。「適温経済」の終焉が囁かれる中、景気の腰折れを心配する声は少なくない。

たとえば、最も懸念されている一つに個人消費がある。1月の実質個人消費が予想外のマイナスとなる中で、2月の小売売上高も前月比0.1%減と3カ月連続のマイナスとなり、市場参加者にネガティブ・サプライズをもたらしている。

個人消費の失速は、1〜3月期のGDP見通しにも暗い影を落としている。アトランタ連銀が公表しているGDPナウは3月14日現在で1.9%とついに2.0%を割り込んだ。2月1日時点で5.0%を越えていたのであるが、その後は坂道を転げ落ちるがごとく下方修正されている。

政局不安や保護貿易の台頭、景気失速懸念はいずれもリスクオフの動きから円高を招きやすいだろう。すでに年初から円高ぎみに推移しているが、さらなる円高に身構える必要がありそうだ。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)