世界最大の自動車メーカーを率いる豊田章男トヨタ自動車< 7203>会長に、「ノー」が突きつけられた。米議決権行使助言会社のグラスルイスが豊田会長の取締役選任議案について「反対」を推奨したのだ。豊田会長主導の経営体制で「取締役の独立性が不十分である」のが理由だ。グラスルイスの判断の背景には、トヨタの「メディア戦略の失敗」がありそうだ。

豊田会長への権力集中を問題視

グラスルイスは監査役候補の小倉克幸氏、白根武史氏、酒井竜児氏の3人についても、独立した監査役の人数が足りないのに加えて、「適切な監視の役割を果たす能力について懸念がある」と指摘している。「豊田会長への権力集中」を危惧しているわけだ。

経営の実態を見ても、オーナーである豊田家嫡流である豊田会長が強い影響力を持つのは間違いない。しかし、議決権行使助言会社から問題視される、いわば「ツッコミどころ」を与えたのはトヨタのメディア戦略だ。少なくとも三つの失敗があった。


1.「トヨタイムズ」での新社長就任発表

佐藤恒治新社長の人事発表は記者会見ではなく、トヨタのオウンドメディア「トヨタイムズ」で動画公開された。豊田会長には既存メディアへの不信感があり、「トヨタイムズ」での情報発信に力を入れている。

この動画の中で豊田会長は佐藤社長について「マスタードライバー(豊田会長を指す)の笑顔、モリゾウ(同)の笑顔を得たい。その一心でやってきたと思います」と発言。こうした場合、一般には「顧客」や「株主」「従業員」が挙がるものだ。豊田会長の発言は「新社長は豊田会長だけを見ている」と受け取られかねない。

記者会見であれば、この発言の真意を問う質問もあっただろう。当然、豊田会長や佐藤社長も「そういう意味ではない」「顧客第一なのは言うまでもない」といった「軌道修正」もできたはずだ。しかし、「一方通行」の動画配信ではそうはいかなかった。

トヨタイムズの動画が議決権行使助言会社に「新社長は豊田会長の言いなりに動く」とのイメージを与えたとしても不思議ではないだろう。


2.意表を突き続けた「後任社長選び」

トヨタの新社長選びは、何度も有力な候補者が浮上しては消えた。もちろん憶測によるトップ人事報道もあり、すべてがトヨタの責任ではない。「勝手にメディアが騒いだ」だけなのだ。とはいえ、「途中経過」の社長候補人事が混迷したのも事実だ。

トヨタは経営陣のフラット化を目指して次期社長候補となる副社長を2020年に廃止したが、2022年に突如として復活。近健太取締役執行役員(当時、以下同)、前田昌彦執行役員、桑田正規執行役員の3人が就任した。

ところが翌年には3人の副社長は全員「落選」し、レクサスインターナショナルカンパニーとガズーレーシングのカンパニープレジデントだった佐藤執行役員が社長の座を射止めた。副社長3人は、わずか1年で全員が退任。「重点3事業の陣頭指揮をトヨタらしく現場でとってもらう」(佐藤社長)と事実上の降格に。

こうなると昨年の「副社長復活」は何だったのか?との疑念が広まるのは当然だ。会社が経営危機に陥っている時ならば、こうした意表を突く「抜擢人事」は理解を得やすい。だが、トヨタの業績は好調。しかも佐藤社長は副社長たちと同世代で、「若返り」でもない。桑田前副社長に至っては佐藤社長よりも年下だ。

トヨタは副社長制度の復活と今回の社長人事の経緯について、メディアを通じて丁寧に説明する必要があった。それがない以上は「豊田会長の意向次第で社長人事が決まる」と見られても仕方ないだろう。