◉富裕層は無限に広がっていく


富裕層は一部の人のことだけでしょうか?そうは思いません。確かに景気動向や少子高齢化などと「マスコミ」では盛んに報道されています。ですが、それは国内だけの話かもしれません。
世界的なブランド服を買う層は、世界中にどこにでもいるのです。ですが、そういう服には、必ず「贋ブランド」が作られます。世の中には、フランスワインのニセラベルを堂々と売っている会社や、高級食材を真似たものを生産している国があります。これはいわば、世界で情報が共通化された「陳腐化したブランド商品」の証明でもあるのです。
これに対して、世界に数個しか生まれない時計は、絶対に真似の出来ない商品です。こういう嗜好品こそ、買い手は少数であっても確実にいるわけです。

世界で真似できない技術を要する企業、これは日本のどこにでも存在します。そして、その取引先は必ず「世界企業」なのです。富のある人にしか売れないものを「生産する」ことこそが、富を得る手段、ともいえましょう。
つまり、富のある人は、特に趣味や嗜好品には「限度なく」良い物を得たいと思うのです。ですから、作り手も富める人となり、そして富める人が富める環境を求めていきます。
普段鉢巻一つで威勢のいい、ラーメン店のオーナーが、一億円以上ものイタリアのスポーツカーを乗り回していることがありますが、富は実は目に見えないところに、目に見えない人が持っているものなのです。

趣味を持つなら、中途半端はいけないとことんやるのがいい、というものに「カメラ」があります。最近はデジタルカメラが主流ですが、デジタルほど「古くなるのが速い」技術もありません。ですが、やはりよい製品はそれなりに高い値段で売られています。そして、高額カメラを一度触ってしまうと、廉価製品に戻る気力がうせてしまいます。

これは、カメラが「道具」であるばかりではなく「趣味性」の高いものだから、ともいえましょう。よい道具を持つ人は、同じようによい道具を持つ人たちの縁が出来るものです。道具ひとつで趣味の世界から抜け出せなくなるくらい、楽しくもつまらなくもなるものです。それなら、趣味にお金を使うことは悪いことではありません。そして、よい物を持ち合う者同士が語らうなかで、思わぬ出会いが訪れることもありましょう。

道具は人を助けてくれることがあるものです。本物を持っている人は、本物を知る人にしか理解できませんが、お互いその世界で距離感が非常に縮まるのです。これも富が富をよび、富める人が富をよんでくれることを意味するのです。

同じ富裕層でありながら、一見して「金持ち」であること分かる富裕層。そして表の顔と裏の顔では全く違う「隠れた富裕層」。この違いは「富裕層である自分を演ずることで満足する」富裕層と「趣味や嗜好品などで自分の世界を追求する」富裕層、の違いではないか、と思います。
いずれも富裕層には代わりはありません。ですが、実は富裕層には様々なタイプがあり、誰もが実は富裕層になりうる「世界」を持っている、ということだけは真実なのです。そして、その趣味が「本物」になった瞬間、彼・彼女は富裕層になるだけの「富との出会い」に立ち会うことになるのです。

BY E.D