ー 金融庁では現在、国民の金融リテラシー向上を図る金融教育を国家戦略として推進することを提唱しています。現在の社会状況を鑑みて、この金融庁の提言について亀坂教授のご感想をお聞かせください。
亀坂教授:日本の金融教育は、G7などの先進国に比べると遅れているように思えます。アンケート調査の結果からも、日本人が金融リテラシーの理解に乏しいことが明らかとなっています。やはり先進国並み、G7諸国並みの金融教育が必要だと以前から感じていました。これから金融教育を国民全体に広げていただくのは、大変結構なことだと思います。
ー G7レベルの先進国と比較して、今まで金融教育が遅れてきた要因は何でしょうか?
亀坂教授:日本の社会全体として金融教育の必要性を感じていなかったからだと思います。株式投資などの教育に関しても、教育会全体が後ろ向きだったのではないでしょうか。
金融リテラシーレベルとなると、まずは「ライフプランの設計」という生涯の資金計画の作成から学ぶべきです。おそらくそういう形で金融庁も進めていくと思います。結婚して子供を持つと、教育費などを捻出しなくてはなりません。収入の中でのやりくりを若いうちから考え資金計画を立てないと、住居を獲得したり、老後資金を獲得したりすることがままならなくなってしまいます。そうした意識を持つところから始めることが、非常に重要だと思っています。
ー 金融庁の推し進める金融教育を誰が実施していくのかは、現在も難しい課題になっています。青山学院大学では「経営演習」や「証券投資論」などの様々な経済・金融に関する講義がありますが、なかでも「金融と生活設計」という青山スタンダード科目(全学共通科目)が存在します。この授業で亀坂教授が学んでほしいリテラシーとは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
亀坂教授:「金融と生活設計」という科目では、まず人生の3大資金を確保できるようなライフプランの資金計画の作成が大切、ということを繰り返し教えてきました。子供の教育費や住宅購入費、老後資金といった自分で稼ぐ必要があるものを、ファイナンシャルプランナーがするような生涯資金計画の作成を通じて学生に学んでもらっていました。
そういった金融リテラシーレベル、人生の資金計画の作成などを教えていたのですが、この「金融と生活設計」という科目は、日銀の情報サービス局内にある「金融広報中央委員会」の寄附講座として開講していました。金融広報中央委員会から講師を派遣してもらう形で授業をしていたんです。
開講できる大学の数に限りがあることから、現在青山学院大学では開講していません。講義内容や資料は金融広報中央委員会のHP上に掲載されており、誰でも閲覧可能です。
現在私の担当としては、「証券投資論」という学部レベルの授業を開講しています。財務分析の基本、ポートフォリオのリスク・リターンの計算など統計的な部分も含めて講義しています。
学生が実社会に出て1番必要なのは、為替予約や為替に関する知識だと思います。為替予約がどういうものなのか、先物取引はどういう形でそもそも生まれたのか。世界最古の先物取引は江戸時代の堂島米市場だと言われている、というような話から入ります。
担当ゼミでは「仮想資金で株式投資を体験してみよう」ということで、日経STOCKリーグというコンテストにエントリーしようと考えています。ちょうど4月にゼミが始まったばかりですが、早速ながら前年度に最優秀賞を受賞した同志社大学のレポートを読み始めています。最新レポートを読み、自分がどのようなファンドを提案できるかグループで討論し、その結果を翌週発表してもらう形で進めています。
また、財務分析やポートフォリオ分析などについて過去の優秀なレポートの内容を読み込み、今年の投資テーマを考える試みも毎週実施しています。Yahoo!ファイナンスや株価を見ながら、「直近でこれが起きたからこういう動きをしている」「この動きはアメリカの金利引き上げの影響だ」といったように、ゼミの中で株価の動きに関してディスカッションしてもらう。最終的には、1年の間に自分たちが納得のいくレポートを作成してもらいます。
大学院生やそれに値するレベルの学生は、さらにレベルが高いこともやっています。例えば、CFA協会が主催する「CFA協会リサーチ・チャレンジ(CFA Institute ResearchChallenge)」にエントリーし、日本の国内大会で優勝して、日本代表としてアジア太平洋地区大会に参加したこともあるんですよ。英文アナリストレポートを作成の上、プレゼンするのですが、審査員からは英語で質問されるので、英語で答えます。
ー 非常にレベルの高いことをやっていらっしゃるんですね。そういったチャレンジをしている学生は、やはり卒業すると金融業界に行くのでしょうか?
亀坂教授:他の業界で活躍している卒業生もいますが、卒業後は証券会社の大手に就職し、アナリストレポートを書いている人もいます。
ー 亀坂教授は青山学院の高等部で「金融分野の学習ガイダンスと投資家心理の研究紹介」という授業も担当されたと伺いました。
亀坂教授:その授業は、青山学院大学の教員間で順番に担当している1回限りの体験授業です。高校生とのつながりでいうと、「高大連携で教育上の交流をしませんか?」とお誘いがあり、静岡県立榛原(はいばら)高等学校の学生さんと交流したり、青山学院大学のゼミ生とともにTDK株式会社の静岡工場見学などに行ったりしています。
ー そういった高大連携での金融教育において、亀坂教授が思う重要なことは何でしょうか?
亀坂教授:大学と高校お互いの「関心」が合うことがやはり重要です。榛原高校と交流しやすかったのは、高校側が学生に地域へ戻ってきてほしいと思っていたからです。地域に戻ってきてもらうためには、その地域の産業や企業の内容を知ってもらったり、地元企業と交流したりする機会が必要だという考えを持っていたんです。
地元の静岡県はお茶の産地であり、地元企業の良さを高校生にも知ってほしい。もし興味があれば大学生にも知ってほしい、と考えていたんです。私たちは経営学部なので、企業経営など様々な産業分析に関心があり、それが交流につながった面があります。
要するに、高校の先生の問題意識と、我々大学教員の問題意識や専門分野の間に何か共通点があること。それが交流のきっかけになります。金融はそういう面では色々なところに引っかかります。例えば証券投資だと、インフラに投資してもいいですし、通信、農業、医薬品に投資してもいい。どんな産業でも関心があるんですよね。そのため、比較的幅広い人たちと交流しやすい分野だと思っています。
ーどの分野もお金は欠かせませんよね。
亀坂教授:そうですね。どんな事業を始めるにもお金が必要です。ですので、どんな産業・企業の方とも共通点は見出しやすいと思います。
ー 亀坂教授の担当されている授業や活動から、金融を学ぶうえで実践を重視している印象を受けます。
亀坂教授:実際の体験は非常に重要だと思っています。金融というと、お金の流れだけだと思われがちです。しかし、本当にその会社がいい会社かどうか見極めるためには、社長と話すのがいい場合もあります。
パソコン上で情報を集める、あるいは経済分析だけするのと、実際にその企業を訪問し、社長や取締役、財務担当者などに会って話をして「あ、この会社いい会社だな」と思うのは、やはり全然違いますよね。「この会社は成長していきそうだ」と対面で会った時に抱いた感覚は、結構大事な感覚だと思っています。
株式分析では、例えば分散や標準偏差の計算方法といった抽象的な話だけではなく、実際にトヨタの日次終値をエクセルのシートに落として考えさせます。それから株価やリターンの度数分布表などを作り、分析してもらいます。
高校の時に数学をあまり勉強してこなかった学生でも、直感でわかるようなデータ分析を実践してもらっているんです。実際に株式のチャートを見て「株価ってこれぐらい動くんだ」というのを、実体験として感じてもらっています。
ー すごく楽しそうですね。投資を実際にやっている学生も多いのでしょうか?
亀坂教授:みんなすごい楽しそうにやっていますね。なかには、親が経営者や金融機関勤務という学生もいて、子供の頃からお小遣いで投資にチャレンジしていた学生もいます。そういう学生はやはり詳しく、米国の雇用統計の発表スケジュールなどが頭に入っています。
ー 今まさに高校や大学で金融教育が取り入れられている過渡期だと思いますが、このような動きが継続されることで、学生や社会にどのような影響があるのでしょうか?
亀坂教授:金融庁が現在推進しようとしているのは、ファイナンシャルリテラシーレベルである生涯の資金計画の作成、などが中心となる部分だと思います。
将来結婚して子供が生まれたときの教育費や生活費、住居費、さらには老後資金などを高校生や大学生のうちに計算してもらうんです。
自分が望む生活水準を確保するために、そもそもいくら稼ぐ必要があるのかシミュレーションしてもらいます。そうしたことを簡易的にでもすると、「夫婦で1人だけ働くのと、共働きとではだいぶ生活水準が変わるな」といったことが実体験として学べます。
グループワークを通じて具体的に計算してもらうこともあります。そうすると「自分は働きたいけど、奥さんは専業主婦がいいな」と思っていた男子学生が、「結構それは大変かな、自分が病気になったらどうしよう」と考え始め、「奥さんも何か仕事ができて、ある程度収入がないとダメかな」といったように考え始めるんです。
ライフプラン設計などの金融教育が進展すると、ひょっとしたら男女共同参画や働き方改革にも間接的に影響が出てくるかもしれません。女性が結婚し、出産しても働き続けられる環境を提供している会社を、若者は選ぶようになるのではないでしょうか。
今後、会社は人手不足になり、学生もある程度就職先を選択できるようになります。そうすると会社の生き残り、あるいは成長人材や優秀な人材の確保のためにも、会社の雇用の在り方も影響を受けるかもしれません。
そこまで進展するのか、本当のところはよくわかりません。しかし、金融教育による副次的な影響は期待できると思います。
ー 金融教育が広まることで、自分の人生をもう一度見つめ直したり、しっかり現実感を持って捉え直したりすることが可能になるということでしょうか?
亀坂教授:そうですね。もちろん、株式投資や投資信託への投資に対する不安も払拭されることが予想されます。金融リテラシーレベルでも、ドルコスト平均法で投資すれば、中長期的には割と稼げるといった話をしています。今だと「新NISAを自分でも利用できるかもしれない」といった意識が高まる効果が出るかもしれませんね。
ー 私がいた大学には、実践を通して金融を学べる環境がありませんでした。大学生に戻れるならゼミに入ってみたいと思えるくらい、亀坂教授のもとで学べる学生が羨ましいと思いました。本日は貴重なお話をありがとうございました。