【国家戦略となった金融教育で大学が果たす役割】 ー名古屋商科大学 山分俊幸教授に取材ー
山分俊幸(やまわけとしゆき)教授
山分俊幸(やまわけとしゆき)教授
京都大学大学院経済学研究科で経済学博士を取得。2006年から名古屋商科大学で金融工学、証券投資の講義を担当。

ー 日本は他国と比べて貯蓄を資産に回す割合が高く、投資の割合が低い状況です。大学生の場合、まずはデモトレードから始めるべきでしょうか?それとも、いきなり投資を始めたほうがよいのでしょうか?

山分俊幸教授
自分のお金を使って投資することは、真剣に取り組む上で最も良い方法だと思います。また、大学生であれば時間も確保しやすいため、投資に必要な情報収集や勉強に十分な時間を割けるでしょう。自分のお金がかかっているからこそ、経済の勉強に真剣になれるし、情報に敏感になれるのです。そうやって培ったものは、社会に出る際にも役立つのではないでしょうか。

投資は生活資金ではなく、余剰資金で行うものです。投資にはリスクがあり、失敗して資金を減らすこともあるのですが、余剰資金であれば失敗しても生活に支障をきたさず、リカバリーできます。大学生としては、その余剰資金を用意するのがハードルとなりますが、最近では少額で購入できるミニ株や投資信託も増えてきています。

さらに、投資には、収益が収益を生み出していくという複利効果があります。この効果があるため、早く始めたほうが有利ということもあります。投資には失敗はつきもので、失敗からも学びながら、少しずつうまくなっていくものです。学ぶ時間のとれる大学生のうちから挑戦してみることをお勧めします。

ー「金融教育は国家戦略」という金融庁の提言に関して、山分教授のご意見をお聞かせください。

山分俊幸教授
明治時代以降の日本では、貯蓄の中でも貯金が重要視されていました。事業を拡大していくための資本として、国民の貯金が必要とされたのです。そのため、時代によって盛衰はあるものの、明治時代から公教育に金融教育は取り入れられています。

第二次大戦後、日本は焼け野原となり、資本が大きく減ると、さらなる貯金が求められました。小中学生への金融教育として「こども銀行」という貯蓄運動が推進されたのはこの時期です。その後、高度経済成長期を経て、国として十分な資本が蓄積されるとともに、バブル崩壊後の金融自由化の進展もあり、貯金だけでなく投資も貯蓄手段として積極的に活用すべきだという方針転換が図られました。

一方で、貯金が貯蓄の中心となる生活スタイルはしっかり根付いていました。人は長年続けた生活スタイルをなかなか変えられませんし、子供の生活スタイルは親の生活スタイルに大きく影響を受けます。2003年に小泉政権が「貯蓄から投資へ」のスローガンを掲げて、証券優遇税制を始めて20年経ちますが、日本国民は証券投資に消極的なままです。

ライフスタイルやお金に対する姿勢を変えていくには抜本的な教育が必要です。そのため、国を挙げて金融教育にフォーカスしよう、さらには投資教育にまで手を広げようということになっているのだと思います。

ー 高校の授業では金融教育が必須になりました。この政策についてはどのようにお考えでしょうか?

山分俊幸教授
金融教育の目的というのは、各人がお金のからむ問題を自分で判断できるようになって、よりよい暮らしを目指していけるようになることです。そして、金融教育の内容は大きく分けると、家計管理、生活設計、金融取引、金融経済の4つとなります。これらは、多くの人が志向する「普通の暮らし」をするのに必要な知識です。だからこそ明治時代から、公教育で金融教育が行われてきているのです。また、そもそも家庭で実践されていることですから、生活していく中で自然と習熟度を上げていけるものでもあったわけです。

一方で、経済社会の仕組みや環境が変化していく中で、「普通の暮らし」を維持していくために必要な知識も変わっていきますし、求められる習熟度も変わっていきます。今は、経済社会は複雑化し、環境は悪化していて、「普通の暮らし」を維持するための知識は増え、求められる習熟度も上がっています。だから、しっかり学んでもらわないといけないということで、必須になったのだと思います。

金融教育で一番ネックになるのは当事者意識だと思います。金融教育で学んだことを自分の生活に関連づけられるかどうかで、学習効果に大きく差が出るのではないでしょうか。当事者意識を持つための方法としては、知識を得るだけでなく実践すること、学びを楽しむことが挙げられます。

実践という点では、例えば、ケースメソッド教育の活用です。ある主人公が問題に直面している場面をケースと呼び、学生は、自らの知識をもとに、その主人公になったつもりで問題解決方法を考えます。我が名古屋商科大学はこのケースメソッドを教育の軸においており、私の授業でも投資シミュレーションを活用したケースで教育を行っています。

学びを楽しむという点では、例えば、ゲームの活用です。最近流行った「どうぶつの森」というゲームは、借金を背負ってスタートし、利子を払いながら生活していきます。ゲームを通じて楽しみながら株の仕組みや借金などを学べるわけです。世界的なゲーム会社が多く存在する日本であれば、ゲームとしての楽しさを高いレベルで持ちながら、金融を自然と学べるコンテンツが作れると思います。そうしたコンテンツの開発を国が全面的にバックアップするようになれば、日本の金融教育はさらに浸透していくのかもしれません。

ー 最後に、学生に向けてメッセージをお願いします。

山分俊幸教授
多くの学生がいわゆる「普通の生活」をしたいと考えています。それは自分たちの親世代がしてきた暮らしであるわけですが、その普通の暮らしをすることが皆さんの世代ではよりハードルが上がってしまっています。

まず、世の中の仕組み、お金の流れはどんどん複雑になっていて、普通の暮らしをするのに必要な知識はどんどん増えていっています。10年前にQRコード決済や仮想通貨はほとんど利用されていませんでした。20年前にはネット通販はほんの一部の人が使うものでしかありませんでした。

同時に、皆さんの普通の暮らしを脅かす誘惑や危険は増え続けています。例えば10年前にライブ配信の投げ銭機能はなく、20年前に課金ガチャはありませんでした。さらに、SNSなどで個人にアプローチしやすくなった結果、ダイレクトマーケティングや金銭トラブルの種が増えています。

金融教育を通じて、お金のからむ問題を自分で判断できるようになるということは、皆さんの「普通の暮らし」を守るための盾を装備するようなものです。自分たちの将来を守るためにも、皆さんには金融教育を含め、多くのことを学んでほしいと思っています。