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(画像=株式会社能作)
能作 克治(のうさく かつじ)
株式会社能作代表取締役会長
1958年、福井県生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業。
大手新聞社のカメラマンを経て、1984年、能作入社。 未知なる鋳物現場で18年間、職人として働く。
2002年、株式会社能作 代表取締役社長に就任。自社ブランド「能作」の 展開を開始。
2003年、世界初の「錫100%」のテーブルウェアの製造販売を開始。
2016年、藍綬褒章を受章。 社長就任時と比較し、社員15倍、工場見学者300倍、売上10倍、8年連 続10%成長を達成。
2023年、ダイヤモンド経営者倶楽部 2022年度「マネジメント・オブ・ザ・イヤー」大賞受賞。
2023年、株式会社能作 代表取締役会長に就任。
株式会社能作
1916年、能作は富山県高岡の地で創業し、仏具や茶道具、花器などの鋳物の製造を開始しました。
2003年には世界初「錫100%」の鋳物製造を開始し、錫100%製のテーブルウェアを中心に、国の伝統的工芸品に指定される「高岡銅器」の魅力を伝え続けています。
また、伝統技術や文化、職人の精神を広く知っていただく産業観光事業に取り組んでいるほか、主力商品の錫にちなんで2019年より錫婚式事業を開始しました。現在では、錫婚式文化を広めるため、全国の式場やホテルと連携し、富山県以外での錫婚式もプロデュースしています。 

400年の歴史を紐解く、創業から現在に至るまで

―それでは、創業のきっかけから現在に至るまでの事業変遷について教えていただけますでしょうか。

株式会社能作・能作 克治氏(以下、社名・氏名略)::当社は1916年創業の鋳物メーカーです。創業当時は主に真鍮製の仏具、茶道具、花器を製造していました。 鋳物づくりは富山県高岡市に400年以上伝わる伝統産業で、その歴史は1609年に加賀藩2代藩主である前田利長が高岡の町に城を築いたことから始まります。当時は高岡に有力な産業がなかったので、開町から2年後の1611年、町の繁栄を図るために大阪から7人の鋳物師(いもじ)を呼び寄せ、特権階級を与えて栄えたのが高岡鋳物(または高岡銅器)と言われています。当初は、鍋・釜などの日用品や鋤・鍬などの農具などを製造し、時代の流れとともに花器や茶道具等、銅器の生産をするようになりました。

私は大阪の大学を卒業後、大手新聞社でカメラマンをしていましたが、結婚を機に能作に婿養子として入り、家業を継ぐかたちで入社しました。鋳物づくりについてはまったく知らないことばかりでしたが、当社は技術を売る立場でありますから、技術力を磨くことで商品の卸先である問屋に喜ばれる企業になりたいという思いを持ち、実際に、私自身も18年間職人として技術を磨き上げてきました。

その頃、中国台頭の流れが来たので、当社は多品種・少量生産に特化することで他社との差別化を図り、また、技術力の向上により品質が上がったことから徐々に問屋から良い評価をいただけるようになりました。その結果、当社は右肩上がりで成長できていましたが、私はある一つの思いを持つようになりました。それは、問屋ではなく消費者の声や評価を直接いただけていないことでした。そこで、今まで培ってきた技術力を活かし、自社ブランド「能作」を立ち上げ、商品開発に乗り出すことを決意しました。

展覧会への出展や、首都圏のセレクトショップでお取り扱いいただき、消費者や消費者の一番近くにいる店員さんの声を積極的に取り入れていきました。実際に、最初はベルを販売していましたが、なかなか売れず、店員さんのアイデアをもとにベルを風鈴に改良して販売したところ、売上個数が100倍になった事例もあります。

―他の商品開発の事例はありますでしょうか。

徐々に県外からの引き合いも増え、ユーザーから「もっと日常的なものを作ってほしい」という声を受け、食器の製造にも挑戦しました。そこで新たにスズ製品の製造を始めました。

スズは金属であるにも関わらず柔らかい特性がありますので、他社はスズを他の金属と混ぜて合金にして使用していました。そこで、我々は他産地と同じことをしても物まねになるだけなので、スズの特性をあえて活かし、世界初「スズ100%」の製品を作ることにしました。つまり、そのスズを用いて曲がることを前提にした食器を作ろうとしたのです。それが、私たちの新たな一歩となりました。

この新鮮さが商品開発のきっかけとなり、結果大ヒットしました。ただ、ここまでヒットする過程において我々は一切いわゆる飛び込み営業はしていないのです。商品開発し、それを展示会などで並べることはしますが、営業部も作らず、売上目標も立てずに昔からこれまでやってきました。

自社事業の強み

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(画像=株式会社能作 テーブルウェア)

―次に、自社事業の強みについて教えていただけますでしょうか。

強みはいくつかあると考えています。 一つ目は、比較的若い方々の採用に成功している点です。ありがたいことにテレビや雑誌、新聞などメディアに取り上げていただくことが多いことが影響していると思います。地元だけでなく、富山県外からも来る人が多く、また、変わった経営方針に共感していただいています。中には、当社で働きたいと、移住してくる方もいるほどです。

二つ目は、自社で1から100まで手掛けていることです。具体的には、自社ブランドにおいて商品開発から製造、包装し、説明書を入れて直営店舗でお客様に売るという一連の流れを自社で行っていて、これによりさまざまな情報を仕入れることができますし、不測の事態への対応やコスト問題、お客様の声など一連のことに自社で対応することができます。

三つ目は、日本の伝統工芸であるということです。歴史のある技術力はもちろん、それを活かした商品開発や地域や他社とのつながりなど多方面にそのメリットを活かすことができていると思います。

―ありがとうございます。自社で全てを賄うことができている秘訣を詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか。

代表である私自身が全ての業務を経験してきたからだと思います。人がいないときは自分で箱詰めして、請求書の発行や印刷物の発行まで自分でやってきたので、自社のことであれば何でもできるという意識があります。

別に会社を大きくしようと思ったことはありませんが、社員が増えれば何でもできるという意識があるから、色々なことをやらなくてはいけなくなって、自然に人を増やしてきたのが本音です。ブランドを作りたいと最初から思っていたわけではなく、楽しい仕事を楽しくやりたいというのが一番でした。それが根付いて、専門家じゃなくてもやってみた上でそれぞれの判断で今があると思っています。やりやすいようにやってきたから、全部うちで作ってきたんです。

過去のブレイクスルー・成功実績

―続いて、会社の成長における大きなブレイクスルーや成功実績について教えていただけますでしょうか。

大きな転換点は二つあります。

一つ目は、私たちが開発した曲がる器「KAGO」シリーズが日本で大ヒットしたことです。しかし、販売当初の売れ行きはそこまでいいものではありませんでした。それは、曲がる食器と通常の曲がらない食器を並べてしまうと、食器を買いに来たお客様は通常の食器に手を伸ばしてしまうからです。

そこで、悩んだ末に、日本橋の三越百貨店に出店することを決めました。そこで、お客様の目の前で曲がる食器のデモンストレーションをすることで話題を集め、一気に売り上げを伸ばすことができました。三越百貨店に出店していたことでブランドも築くことができて、さらに日本の伝統工芸が背景にあったことからテレビ取材などのメディア露出も増え、全国的に知名度を上げることにつながりました。

二つ目は、日本の伝統産業にありがちな問題を解決したことです。伝統産業では、注文が入ると「すみません、一年かかります」ということが往々にしてあります。しかし、お客様は今すぐにでも商品を欲しがることが多いです。そこで、私たちは伝統産業における技術革新を成し遂げることを決めました。そこで、紆余曲折を経て、シリコーン鋳造という鋳造法を導入し、生産量を増やすことができました。これにより、日本国内の需要に対応できる体制を築くことができました。

思い描く未来構想

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(画像=株式会社能作 最終仕上げ)

―次に、思い描く将来の未来構想やビジョンについて教えていただけますでしょうか。

目の前の目標は、より多くの人に能作という社名を知ってもらうことです。ただし、大企業のように大量の広告を打ち出すような方法ではなく、例えば直営店を出す、お客様の注目が集まるような商品を出すなど、自然と当社の名前が広まっていくことが理想です。数字的には日本人の2人に1人が知っているような企業になりたいと考えています。

その認知度の拡大により、売上は自然と伸びていくと思いますが、海外展開にも力を入れ、いずれは海外売上高比率を50%に引き上げていきたいと考えています。海外に比べるとまだまだ日本の成長率は高くないので、我々が少しでも貢献できるようにしたいと思います。

そのためには、世界での知名度も上げる必要があり、我々の企業精神も引き継いでいければ良いと考えています。我々が掲げる「​​人と、地域と、能作」というスローガンが世界平和の一端となれれば素晴らしいことであると思います。

―具体的に、近い将来に向けて何か取り組んでいることはありますか?

現在は新規事業にも参入しています。領域で言うと観光や医療、ブライダルなどです。例えば、本社工場施設は、一般のお客様が工場見学や鋳物製作を体験できる産業観光施設となっています。能作の錫の器でランチやアフタヌーンティーを提供するカフェレストランも併設していますし、「TOYAMA DOORS」というコーナーを設け、富山で訪れるべき観光スポットや飲食店の情報をカードにまとめ、お客様が自由に手に取って持ち帰れるようにしています。

これは当社の社員がおすすめするスポットを独自で取材してカードを制作しており、その数は200か所ほどにのぼります。掲載スポットから費用を頂いたりすることはなく、富山の特産品やガイドブックに載っていないような地元民だからわかる穴場スポットの紹介などを無料でPRしています。

私たちは、人と地域に支えられて今がありますから、地域の貢献が最も大切だと考え、さまざまな取り組みをおこなっています。例えば、地元高岡にある子ども食堂に毎月食材を送ったり、障害者スポーツの支援をしたり、アールブリュット(障がい者アート)とのコラボレーションで企画展を行うなどです。地域との取り組みや当社ができる貢献の仕方については常に考えているので、これからもその活動を続けていきたいと考えています。

今述べたことは一見すると、本業とはかけ離れていますし「できない」と思われがちですが、私は「できない」ことなんて存在しないと考えています。「​​人と、地域と、能作」というスローガンにそって、競争ではなくて、みんなが潤うような共に作り上げる共創を目指していきたいです。

プロフィール

氏名
能作 克治(のうさく かつじ)
会社名
株式会社能作
役職
代表取締役会長