高まる財政圧力

このように、中国では近年、社会保障関係費が急増しており、財政において最も大きい支出項目となっている。その背景としては、①新たな社会保険や国庫負担の導入による増加、②制度導入地域の拡大による増加、さらに、③高齢者の増加による自然増、が大きな影響を与えていると考えられる。

中国における少子高齢化は更に進み、10年後の2025年には65歳以上の人口が14%を占める高齢社会に突入すると予測されている(図表6)。

高齢者の増加は、社会保障給付における受給者の増加を意味しており、結果として社会保障関連の支出規模を更に大きくする。新たに導入した制度をどう維持していくかもさることながら、今後、高齢化の進展による社会保障、社会保険に係る経費の自然増が、財政に大きな圧力を与える可能性が高い。

高齢化の進展による自然増への対処の1つとしては、保険料負担の引き上げが考えられる。しかし、都市の就労者の社会保険の場合、社会保険の保険料率(5つの社会保険の個人、事業主負担割合の合計)が、すでに40%ほどと高い水準にある。企業間の競争が高まる中で、これ以上、保険料水準を引き上げるのは難しい状態にある。

都市の非就労者や、農村住民を対象とした制度においては、今後、制度の更なる普及や高齢者の構成比が増えることで、財政負担が更に増加することが考えられる。加えて、彼らを対象とした医療保険制度では、2013年から、高額な療養費の負担軽減を目的とした大病医療保険制度を導入している。

この大病医療保険の財源は、加入者から別途徴収した保険料ではなく、医療保険料の積立金である医療保険基金から拠出される仕組みとなっている。基金は基本的な給付そのものの増大に加えて、新たな制度の財源も拠出していることになる。一部報道ではこの基金の赤字化が報じられており、給付と負担の見直しをしなければ、財政への負担が更に増すことになるであろう。

中国の社会保障関係費 図6

加えて、社会保険、社会保障制度を運営し、財源の多くを担う、地方政府の財政状態についても懸念が絶えない。近年、地方政府は、資金調達を目的として設立した融資プラットフォームを通じて、不動産開発等を進めてきた。しかし、その不動産価格が下落傾向にある中で、地方債務は膨らんでいる。経済成長が減速化している中にあっては、今後、財政面における税収入の減少といったリスクも抱えている。

このように、地方財政は、今後の情況によって、社会保障に関する財源支出を縮小せざるを得ない可能性も考えられる。これまでの中国の社会保障のあり方から考えると、制度の運営そのものは、国が一本化して行うのは難しいと考えられる。

まず、各地方では、現状の制度設計における給付と負担を見直す必要があるが、今後の少子高齢化の急速な進展や、地方財政の情況を考慮すると、財源については、中央財政が「国が責任を負うべきこと」として、政策転換を向かえる時期にきているのではないであろうか。特に、年金や医療といった、財政支出が大きく、多くの国民の生活を支える制度は、その必要性に迫られていると考えられる。

(*1)中国の社会保障は、医療、年金等の社会保険に加えて、住宅費補助、生活保護等の社会救済、高齢者や身体障害者向けの社会福祉、その他傷痍軍人等へ優待制度がある。ここでは、一般財政支出のうち、「社会保障・就業」、「医療衛生・計画出産」のいずれの項目にも社会保障関連の支出が含まれていることから、両項目を社会保険関係費用とする。ただし、社会保障の1つとしての住宅補助(住宅積立金)は除いている(財政支出項目のうち、「住宅保障」に含まれているが拠出額が相対的に小さいため)。なお、中国の財政支出項目の「社会保障・就業」のみを社会保障支出としている調査報告もある。
(*2)中国の会計年度は1~12月となっている。特徴としては、中央の予算は全国人民代表大会で、地方の予算は各地方の人民代表大会で審議、決定される。予算は予算法に基づく予算内資金と、予算には含まれない予算外資金がある。現在、予算外資金を予算内資金に改組する改革が進められている。
(*3)例えば、都市の非就労者を対象とした医療保険制度では、2007年7月に国務院が導入を発表。国務院は各省で2~3都市をパイロット地区として指定し、実験的な導入を行った。その後の普及目標として、2008年に導入都市の拡大、2009年に全都市の80%以上の導入、2010年に全都市で導入といった目標を掲げていた。

片山ゆき
ニッセイ基礎研究所 保険研究部

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