日本の大学が抱える金融教育の課題とは
ー大学での金融教育において課題に感じていることはありますか?
家森教授:
金融経済教育に対する誤解があると思います。例えば株式に関していうと、日本経済の成長+α程度の成長を期待して投資していくのが本来の株式投資の姿なんです。
しかし、株式投資に対する誤解があって、株価が1年で倍にならなければ失敗、1年後に株価が投資元本を割ったら失敗、といった短期志向の考え方になると、株式投資の本質を見失った議論になってしまいます。
株式投資ゲームは人気のあるコンテンツですが、私は懐疑的に見ています。プロの機関投資家やアナリストが分析しても、常に勝っているわけではありません。ウォーレン・バフェット氏ならいけるかもしれませんが。そういう特殊な才能を期待するのではなく、少しずつ色々な投資商品を購入し、投資収益を高めていくのが一般投資家のやり方といえます。
それを教えたいと思うのですが、株式投資ゲームだと賭け事をしている感じになります。どの株が上がるかを予想するのは楽しいですし、資本主義における活力にもなります。ただし、学校で「必ず値上がりする個別株を探さないといけません」と教えるのは少し違うと思います。そうしたゲームのあとで、何が起こるかというと、「株式投資ってよくわからないな」「多少勉強したぐらいではダメなんだな」という考えに陥るんです。そうすると結局、株式投資に参加する人は増えず、日本の株式投資家が1割程度しかいない状態が続きます。
株式投資にはリスクがあることを知らせる必要はあります。しかし、過度にリスクに注目しすぎて難しく考えるようになり、投資の世界から距離を置く人も出てくるため注意が必要です。また、株式投資をしない理由を聞くと「お金がない」と答える人が多いのです。ところが、最近では、インターネットを使ってごくわずかな金額でも投資できます。たとえば、携帯電話料金を少し節約すれば、そこから投資できますよね。
つまり、「お金がなくて投資できない」というのは本当の理由ではありません。本当は少額でも投資できることを知らないということも含めて、「知識がない」ことが投資を始められない理由なのでしょう。ただし、どこまでの知識が必要なのかは、難しい問題です。私は保険も勉強していますが、保険のほうがよっぽど難しい。でも、みんな保険には入っていますよね。結局のところ、株式投資においてはみんな難しく考えすぎているんです。
また、日本の大学では、金融経済教育をどのように行うかという問題があります。教養教育科目や専門科目の正規科目として行うことが考えられますが、専門科目で生活者目線の金融教育を行うことはあまりありません。キャリア教育として行う場合もありますが、実施する場所が限られるなど、まだ課題が残っています。
ー家森教授の研究されている金融分野に関して、具体的に伺ってもよろしいでしょうか?
家森教授:
私は地域金融と個人金融が専門分野です。個人金融の部分でいうと、2006年頃に住宅ローンに関する論文を書きました。アンケート調査を実施して分析した結果、日本FP学会から賞を受賞しました。
具体的には、金融や制度に対する知識があるかどうかによって、住宅ローンの利用態度に差が出ます。昔は住宅ローンの商品性や金利はどこの金融機関でも同じでしたが、 金融の自由化 により、金融機関によって住宅ローンの商品性や金利は異なるようになりました。商品性としては、たとえば、金利を何年間固定にするのか、どんな保険をつけるのか、繰り上げ返済時の手数料はいくらか、といった内容で各金融機関が違いを出しています。また、同じ年限の住宅ローンでも金利が金融機関によって異なります。
これらの違いは生活者にとって重要なポイントですが、必ずしも知られているわけではなく、どこの金融機関の住宅ローンでも同じだと誤解している方が少なくありません。そのために、金融リテラシーが低い人ほど、住宅ローンを申し込むときに複数の金融機関のローンを比較する人が少ないのです。また、「誰から住宅ローンのアドバイスを受けましたか?」とアンケートを取ったところ、金融の素人の家族や友人からアドバイスを受けた人が多数でした。ほかにも、金融リテラシーが低い人ほど、アドバイスを他人に求めない傾向がありました。
住宅ローンは巨額ですからその金利が1%違えば、返済負担は大きく違ってきます。住宅ローンを比較するとか、専門家の助言を得ると言ったことができれば、大変なメリットになります。このことからも、個人が金融知識を身につける重要性が理解できます。
現在、一定のリテラシーがある人は、Webメディアを使って調べます。なかには専門家を活用する人もいますが、日本ではそうしたケースは多くありません。基礎的な金融知識を必要としている層に情報が行き届いていないのが、今の日本の姿だと思います。こうした点をしっかり整えていくことが、今後の日本に求められています。