栗原 久(くりはら ひさし) 教授
栗原 久(くりはら ひさし) 教授
栗原 久(くりはら ひさし) 教授
東洋大学文学部教授。専門は社会科教育学・金融経済教育論。筑波大学大学院修士課程教育研究科修了。高等学校で「政治・経済」を18年間教える。信州大学准教授を経て、現職。著書に、『授業をもっと面白くする! 中学校公民の雑談ネタ40』(明治図書)などがある。

教員養成課程の現場から見た金融教育の問題点

ーはじめに栗原教授のご経歴について伺ってもよろしいでしょうか?

大学院を修了後、埼玉県の公立高校で10年間教員を務めました。その後、東京都文京区にある筑波大学附属高等学校で8年間教鞭をとり、「現代社会」や「政治・経済」といった公民系の科目を担当していました。

2002年からは10年ほど信州大学教育学部で教員養成に携わり、2012年からは東洋大学で教えています。大学では主に教員養成に関わっており、社会科や公民科の指導法、授業の展開方法などを教員志望の学生に指導しています。

ー2022年度から高校の金融教育が必修化されたことは、ご存知のことだと思います。それにともない、教員養成課程にも変化が出てくると思うのですが、いかがでしょうか?

実は「金融教育が必修化された」という表現は、金融教育の定義自体があいまいであるため、適切な表現とは言い難いのです。たとえば新たに設けられた公民科「公共」の学習指導要領では、金融教育について「金融の働き」としか書いてありません。

「金融の働き」とだけ記述されていても、具体的に何を指すのかがわかりませんよね。それを読み解くものとして参考となるのが「高等学校学習指導要領解説 公民編」です。これは、学習指導要領の具体的な枠組みや意図を解説したもので、文部科学省のホームページから無料でダウンロードできます。

「学習指導要領解説」の「公共」の部分を確認してみると、「さまざまな金融商品を活用した資産運用にともなうリスクとリターン」といったような記述があります。ただし、学習指導要領に法的拘束力がある一方で、「学習指導要領解説」には法的拘束力はありません。

したがって、「金融商品を活用した資産運用にともなうリスクとリターン」という言葉が「学習指導要領解説」に入ったからといって、「解説」に法的拘束力はないため、金融教育が必修化されたという表現は適切ではありません。

ー金融教育や経済教育について、現状ではどのような問題点があるのでしょうか?

日本証券業協会が実施した海外調査の結果、多くの国の教師たちが金融教育に対して苦手意識を持っていることが明らかになりました。これは日本だけでなく、世界的な傾向なのです。そのため、学校教育で金融教育を取り上げることにはためらいが見られます。

「教育の問題は教師の問題」と言われることがあります。したがって、日本で金融教育が効果的に実施されていない場合、それは教師の問題とも言えるのです。

教員免許状を取得するためには、教科に関する科目を学習する必要があります。たとえば、中学校の社会科教師になるためには、外国史や日本史、地理学などを履修する必要があります。ところが、経済学は必修ではありません。いずれかを履修すればよいのです。つまり、経済学を勉強しなくても社会科教師になれるということです。

ーそうなんですね。たしかに経済学は計算が含まれるので、敬遠されがちな印象があります。

教育職員免許法上、経済学は教員免許状取得に必要な科目ではありません。そのため、教員養成系の学部では、経済学の履修は最低限の単位数で済ませるのが一般的です。その結果、多くの教師が経済学に対する苦手意識を持ったまま教壇に立つことになります。

中学校第3学年の社会科では、年間140時間の授業時間があります。その中で歴史の授業が40時間。つまり、公民的分野の内容は残りの100時間で取り扱うということです。100時間の中では、政治、法律、経済、金融、国際関係などについても取り上げられます。そうなると、教師側からすると優先順位を考えなければなりません。

一般に、社会科の教師は、国際平和や人権といった問題に興味・関心を持つ傾向があります。しかし、金融に関する問題は苦手と感じる教師も多く、後回しにされがちです。単に教科書の内容をなぞるだけの授業ということもあります。

ー「金融資産に関するリスクとリターン」については、入試などで問われることも少ないため、あまり重視されない可能性がありますね。

受験の役には立たないかもしれませんが、金融資産の運用やリスクとリターンに関しては、生徒たちの人生や資産形成に大きな影響を及ぼすテーマです。

それを視野に入れて教育を進めることは難しいかもしれませんが、教育関係者やメディア側は、パーソナルファイナンスに関する教育の重要性を伝え、興味を喚起する必要があると思います。