中等・高等教育では、「生活で役立つ知識・情報」と人格形成につながる「多様な視点で捉える力」を培いたい

ー 田中先生が中等教育や高等教育などで、消費者教育について必要だと感じている点をお聞かせください。

田中由美子教授
消費者教育の金融・経済領域での教育内容として最も必要なものは、『生活で役立つ知識・情報』だと思います。具体的には、「消費生活上の留意点(悪質商法被害・多重債務予防法、クレジットカード、金利計算等)」「給与明細から見る社会保険」「身近な損害保険」は重要と考え、本学部1年次の『家政学概論』で学べるようにしています。今後「資産形成の基礎知識(NISA等金融商品の選び方)」も加えたいと考えています。
また、教育方法として必要なことは、上記の内容を基に、わかりやすく、印象に残る授業をおこなうことです。さらに、その授業の中で、お金のことだけを教えるのではなく、人格形成にもつながる「多様な視点での捉え方」を教えることです。
例えば、社会保険制度について、「該当者は強制加入」「保険料納付は義務」「助け合いの制度」とスローガン的に教えるのではなく、生活する中で、自分や家族に、経済的負担・不測の事態が生じたときに、受けられる内容(受益)を教えました。毎月の給与から差し引かれている各保険料は、困った時に支援を受けられる財源であることを知ると、「助け合い」の意味を無理なく理解できます。
授業後の高校生の感想には、「『保険料を払うと給料が減る』と聞いていたけど、万が一の時に守ってくれる制度だとわかった」「国民年金には、加入したくないと思っていたけど、ちゃんと加入します」というものが多く見られました。

また、給与明細の解説の中で、給与計算の方法を教える際、手取り額の計算までで終了するのではなく、最後に「雇用主は、あなたにいくら払ってくれている?」と問いかけます。これは、保険料を払っているのは、労働者だけでなく、雇用主(使用者)が同額を負担している(「労使折半」である)ことを知らせるためです。これを考慮すると、支給総額が23万円の場合、手取りは約19万円となりますが、雇用主は約27万円を労働者のために支出していることがわかります。
ここで、ある社長さんからうかがった「入社1年目の社員は、その金額に見合った仕事はできないけれど、将来的に会社に貢献できる人になってくれることを期待して、『人財に投資』しています」というお話を披露し、「権利ばかり考えるのではなく、しっかり働き、義務・役割を果たしましょう」と声掛けします。すると、皆、頷きながら聞いていました。このように、逆の立場や客観的視点をもって思考できる人格形成にも寄与する消費者教育でありたいと考えています。

高校で教えていた頃、「家庭との連携」も取り入れていました。授業で配布したプリントをもち帰り、学んだことを家族に説明するというものです。これにより、知識定着度に有意差が見られるほど教育効果がありました。授業前には「難しそう」「年金って、ずっと先のことですよね」と言っていた生徒が、「僕が家族に教えてあげた。」「新聞・ニュースの内容がわかるようになった。もっと知りたい。」と、主体的・意欲的に学ぼうとする姿に変容していました。
このように、約2時間の授業で、自ら学ぶために基礎的な知識習得と、意識変容・意欲喚起を促すことが可能です。

ー 金融教育が必修化された背景として何が要因なのかを、田中先生のご意見を交えてお聞かせください。

田中由美子教授
1番大きな背景は、少子高齢化だと思います。これまでは「共助」という社会保障制度が、高齢期の生活の主な支えとなっていましたが、今後は支える人が減少するため、自分自身で備える「自助」が必要となります。

国や自治体の財源の観点だけでなく、個人の経済や生活の面でも欠かせない要素だと思います。そのためも、若年期からの金融に関する学びが重要です。

もう1つの背景としては、日本の金融教育が諸外国に比べて遅れている点です。
日本では、2012年に消費者教育推進法が制定されましたが、アメリカでは、その50年前にすでに提唱されていました。この遅れも長年問題視されており、金融リテラシーを向上させる必要性が指摘されています。