本記事は、桑原晃弥氏の著書『不可能を可能にする イーロン・マスクの名言』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

貢献
(画像=nfuru / stock.adobe.com)

最後の1ドルまで会社のために使いたい

――「イーロン・マスク 未来を創る男」

マスクはこれまでに幾度もの危機を乗り越えていますが、2008年の危機はマスクがすべてを失い、追い求めてきたビジョンのすべてを諦めざるを得ないというところまで追いつめられた時期でもあります。

テスラのロードスターは2006年7月に発表され、多くの著名人が予約金を払ってくれるほどの人気を博しますが、その後もマスクがさまざまな設計変更を加えたことで製造原価は上がり、ロータスなどに依頼していた生産も遅れに遅れます。それでも2008年2月、ようやく数台のロードスターが完成したものの、会社の資金は尽きかけていました。そしてマスクのもう1つの会社スペースXも2008年8月に3回目のロケット打ち上げに挑戦したものの失敗します。

こちらもマスクが用意していた資金は3回の打ち上げ分であり、ここでも資金は枯渇していました。さらにこの年には住宅ローン問題に端を発したリーマンショックも起こっていますから、マスクの会社に限らず、世界中の企業にとって資金的な問題の多い年でもありました。マスクはこう振り返っています。

「ロードスターは一応できましたが、あのあとは人生で一番つらい1年になりました」

資金難を乗り越えようと、マスクは顧客から預かった予約金にも手をつけたほか、売れるものはべて売り、友人たちから借金をすることで何とか社員の給与を払い、会社の運転資金を確保しました。しかし、これほどの苦境に陥ってもマスクは事業から撤退するつもりはありませんでした。支援をしてくれる友人にこう打ち明けています。

「最後の1ドルまで会社のために使いたい。一文無しになってジャスティン(当時の妻)の実家に間借りせざるを得なくなったら、それはそれで受け入れるさ」

友人たちはスペースXかテスラのどちらかを選べば生き残れると見ていましたが、マスクはそんなことをしたら「電気自動車はダメだ」と烙印を押されるし、複数の惑星に住めなくなると決して一方を選ぼうとはしませんでした。こう話しています。

「あれって、子どもがふたりいて食べ物がなくなりそうだという感じだったわけですよ。じゃあ、どっちを死なせるのかって、そんなの決められるはずがないじゃないですか。だから、全身全霊で両方を救おうとしたんです」

不可能と思われた「両方救う」はマスクの執念が実ります。スペースXは4回目で打ち上げに成功、テスラのロードスターも電気自動車の時代の幕開けを告げることになります。

ワンポイント
みんなが「絶対不可能」と言っても決して諦めない。執念が道を開く。

気を散らすものや短期的思考から可能な限り解放される

――「AFP=時事」

株式を公開することは起業家にとっても、その会社で働く社員にとってもそれまでの苦労が報われ、夢がかなう瞬間です。しかし、一方で株式を公開することはウォール街の気まぐれに振り回されることであり、絶えず株主の期待に応えなければという強迫観念と戦うことも意味します。

マスクはペイパルの株式公開と、テスラの株式公開によって大金を手にすることで自らのビジョンを叶えるべく挑戦ができたわけですが、特にテスラでは激しく上下する株価に神経をすり減らす経験もしています。株式というのは実際に売却しない限り、利益も損失も確定しないにもかかわらず、テスラの株が大きく下がると、マスコミは「マスクの資産が何千億円減った」

「何兆円が吹っ飛んだ」と書き立てます。

当然、こうした報道は株主にも影響を与え、株主自身も自分の「紙の上の価値」が一時的に下がったとしても、「実際に大きな損をした」気になり、それがテスラやマスクへのプレッシャーとして向かってきます。そのせいでしょうか2010年に公開したテスラの非公開化を検討していると2018年8月にツイッターでつぶやいています。四半期決算から解放されるメリットを強調しています。

「気を散らすものや短期的思考から可能な限り解放される」

これは実行に移されることはありませんでしたが、株価の変動で企業への評価がころころと変わる危うさを知るマスクだけに、今でさえ高い評価を得ているスペースXの株式公開に慎重になるのは当然のことと言えます。

「上場はまだまだ先のことで、火星へのミッションがある程度固まるまではあり得ない」として社員にこんなメールを送ります。

「上場企業の株は、特に技術に大きな変化が到来した場合、大きく変動します。経営に関わる理由もあるし、単なる経済情勢上の理由もあります。やがて社員は株価の動きに一喜一憂することに気を取られ、素晴らしい製品を作り出さなくなります」

スペースXが目指すものは「火星移住に必要な技術の開発」であり、それはまだ時間のかかるものです。それほどの長期の目標を追うこと、目先の株価を上げることはどうしても相反するものとなるだけに、マスクは社員や投資家の期待は知りつつもあえて「上場はまだまだ先のこと」

と言っています。大きなビジョンを達成するためには長期的な見方と、時に利益を度外視した挑戦が必要になります。マスクにとってウォール街の時間軸はあまりに短すぎるのです。

ワンポイント
目先の利益を追うあまり長期の視点を見失うな。
イーロン・マスクの名言
桑原晃弥
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者などを経てフリージャーナリストとして独立。トヨタ式の普及で有名な若松義人氏の会社の顧問として、トヨタ式の実践現場や、大野耐一氏直系のトヨタマンを幅広く取材、トヨタ式の書籍やテキストなどの制作を主導した。一方でスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾス、イーロン・マスクなどの起業家や、ウォーレン・バフェットなどの投資家、本田宗一郎や松下幸之助など成功した経営者の研究をライフワークとし、人材育成から成功法まで鋭い発信を続けている。
著書に『イーロン・マスクとは何者か』『逆境を乗り越える渋沢栄一の言葉』(以上、リベラル社)、『スティーブ・ジョブズ名語録』(PHP研究所)、『トヨタ式「すぐやる人」になれる8つのすごい!仕事術』(笠倉出版社)、『ウォーレン・バフェットの「仕事と人生を豊かにする8つの哲学』(KADOKAWA)、『amazonの哲学』(だいわ文庫)、『イーロン・マスクの言葉』(きずな出版)、『藤井聡太の名言』『世界の大富豪から学ぶ、お金を増やす思考法』『自己肯定感を高める、アドラーの名言』(以上、ぱる出版)などがある。

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