本記事は、桑原晃弥氏の著書『不可能を可能にする イーロン・マスクの名言』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

苦痛
(画像=rohappy / stock.adobe.com)

社員が苦痛を感じているなら、その何倍もの苦痛を感じたいのです

――「クーリエ・ジャポン」

マスクの大きな特徴の1つは「率先垂範」にあります。

大企業の社長というのは何か問題が起きたとしても、自ら現場に駆けつけることはなく、部下に任せて、自分は本社の社長室などに座り、その報告を待つだけのことが多いのですが、マスクはスペースXでもテスラでも、自分がその最前線に出て行って指揮をとることで難局を乗り切ろうとします。マスクは元々がその時間のほとんどを執務室ではなく、技術や設計の人間たちとの打ち合わせに割いています。理由をこう話しています。

「私のデスクは工場で一番小さいし、しかもそこに座っていることなんてほとんどありません。

塗装部門の社員が懸命に働いてくれるのも、私が彼らとともに現場にいるから。私は象牙の塔になんか引きこもりません」

2018年、テスラは自動車メーカーとして最大の危機を迎えます。マスクはモデル3を「週に5,000台つくる」という目標を掲げます。それだけの数をつくることができれば、利益も出ますし、電気自動車の会社としてナンバーワンの地位も確立できますが、もしできなければ会社としての存続さえ危うくなるというのがマスクの見方でした。

優れた車を手作業に近いやり方で年間数千台つくることはできたとしても、トヨタなどが行っているような分に1台というペース(もちろん1台の生産には1日以上かかります)で車を量産するのは大変な苦労を伴います。特にテスラの場合、歴史も浅く、2017年末になっても週に2,000台余りをつくるのがやっとの会社が数か月後に生産台数を倍以上にするというのは大変なことです。

その難しさは大変なもので、マスクは「私たちは揃いも揃って空前絶後の大バカだった」として、2018年4月から「工場での泊まり込み生活」に入っています。その後もマスクの泊まり込み生活は続き、6月の誕生日はマスクにとって「工場で過ごした初めての誕生日」となっています。工場に泊まり込む理由をこう話しています。

「私はテスラで働く社員に多大な恩恵を受けています。私が床の上で寝るのは、道の反対側にあるホテルに行けないからじゃない。ここで働く誰よりも悪い環境に身を置きたいからなんです。社員が苦痛を感じているのなら、その何倍もの苦痛を感じたいのです」

トップが安全な場所にいて社員に「もっとがんばれ」と檄を飛ばしたところで誰もついてはきません。「共にある」ことは苦境を乗り越えるうえで最も大切な姿勢なのです。同年7月、マスクの苦労は実り週5,000台を達成します。

ワンポイント
危機においてはトップは最前線で指揮を取れ。

常識では不可能なら、非常識が必要になるわけです

――「イーロン・マスク」上

テスラは今や電気自動車のトップランナーとして確固たる地位を築いていますが、その分岐点となったのが2018年に挑戦した「モデル3を週5,000台生産する」という目標をクリアしたことです。

車の量産には手間も時間もお金もかかります。マスクは「ラインの増設には1年かかる」と主張する幹部を首にして、「睡眠はせいぜい4、5時間で、たいていはそのあたりに転がって寝てました」という臨戦態勢で現場指揮にあたります。しかし、「倍働いた」からといって車が倍つくれるわけではありません。マスクは自ら推し進めてきたロボットを多用した生産ラインの自動化に問題があると気付くや、ロボットを取り外して駐車場に捨ててしまいます。

ロボット化というのはそれまでに人がやっていた作業をそのままロボットに置き換えると、むしろ人がやっていたよりも効率が低下することがあります。人がやっている作業から徹底的にムダを省いたのちのロボット化にこそ意味があるだけに、マスクはそれを知り、ロボットの作業を一旦、人に置き換えます。こう振り返っています。

「テスラは自動化を進めすぎた。私のまちがいだった。人間をみくびってしまった」

しかし、それでも目標は達成できないとみると、マスクは次に生産ラインの増設を進めます。本来、そのための工場をつくるとなると、やはり1年以上かかるわけですが、マスクは工場裏の駐車場にテントを立て、そこに組み立てラインを設置します。さらにそこでの作業はロボットなど使わず、すべて人の手で組み立てることにしたのです。

ところが、肝心の車を載せて動かす最新のベルトコンベアがありません。すると、マスクは生産ラインを少し傾けて設置、古いベルトコンベアと重力の力を借りて車を動かせるようにしたのです。日本のものづくりの世界に「重力と光はタダ」という言い方があります。窓をつければ明るくなるし、ものを動かすには少し傾けて重力の力で動かせばいいという考え方ですが、マスクはまさにこの通りのやり方をしたのです。こう言っています。

「常識では不可能なら、非常識が必要になるわけです」

そして3週間後、テントの組み立てラインから完成車が誕生します。2018年7月には見事に「週5,000台」も達成します。マスクは言います。

「やったぞ! 不可能と言われたことをまったく新しい発想で乗り越えたんだ」

テスラは量産可能な「本物の自動車会社」となったのです。

ワンポイント
「脱常識」が不可能を可能にしてくれる。
イーロン・マスクの名言
桑原晃弥
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者などを経てフリージャーナリストとして独立。トヨタ式の普及で有名な若松義人氏の会社の顧問として、トヨタ式の実践現場や、大野耐一氏直系のトヨタマンを幅広く取材、トヨタ式の書籍やテキストなどの制作を主導した。一方でスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾス、イーロン・マスクなどの起業家や、ウォーレン・バフェットなどの投資家、本田宗一郎や松下幸之助など成功した経営者の研究をライフワークとし、人材育成から成功法まで鋭い発信を続けている。
著書に『イーロン・マスクとは何者か』『逆境を乗り越える渋沢栄一の言葉』(以上、リベラル社)、『スティーブ・ジョブズ名語録』(PHP研究所)、『トヨタ式「すぐやる人」になれる8つのすごい!仕事術』(笠倉出版社)、『ウォーレン・バフェットの「仕事と人生を豊かにする8つの哲学』(KADOKAWA)、『amazonの哲学』(だいわ文庫)、『イーロン・マスクの言葉』(きずな出版)、『藤井聡太の名言』『世界の大富豪から学ぶ、お金を増やす思考法』『自己肯定感を高める、アドラーの名言』(以上、ぱる出版)などがある。

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