本記事は、鈴木健二郎氏の著書『「見えない資産」が利益を生む』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています。

ビジネス
(画像=insta_photos / stock.adobe.com)

これからは知財をミックスでマネジメントする時代に

新型コロナウイルスの世界的な蔓延を経て、ますます混沌としたVUCA時代へと移行しつつある現代では、デジタル化、グローバル化、ガバナンス/サステナビリティなくして企業活動は成り立ちません。

これまで見てきたように、技術やノウハウ、デザイン、サービス名称に加えて、音楽・映像、キャラクター・アート、プログラムなどにまで範囲を広げ、全社で活用しうるあらゆる知財をミックスし、ポートフォリオ化していくことが求められます。

その上で、経営戦略を構成する事業、マーケティング、資金調達、デジタル、ブランド、法務の6つの戦略が統合的に機能して初めて、企業の持続可能な成長に資する新規事業が実現すると私は考えています。

『「見えない資産」が利益を生む』より引用
(画像=『「見えない資産」が利益を生む』より引用)

その前提として、知財への意識があることはもちろん、自社の強みとなる知財を適切に見つけ、目指すべきポートフォリオを描くことが不可欠です。そのうえで、不足している知財があれば、新しい時代を見越して知財をつくれるかどうかが問われているとも言えるでしょう。知財をミックスで張り巡らせながら、自分たちのブランドを確立している会社が、これからは生き残っていきます。

日本の製造業はとくに、特許権によって権利化された技術やノウハウに偏りすぎてしまう傾向にあるようです。会社の中の知財部も、基本的には特許実務を扱っている部署と認識されていることが少なくありません。それだと、なかなかうまくいきません。昔のように良いものをつくれば売れる時代ではないからです。

技術はどんどんコモディティ化(一般化)し、陳腐化していきますので、その一本足打法では、世界観を確立し成長させるためのマネジメントができなくなり、持続的な成長は難しくなる一方です。

アップルは、自分たちの企業ブランドが明確にあり、かつその世界観が提示されています。「人の五感を包み込む」というビジョンを体現するために、いわゆるIoT関連のデバイスを軸とした技術やノウハウがあり、デザインがあり、それらを製品のインターフェースで表現しながら人々の五感を包み込んでいます。iPhoneなどのデバイスは、手に持った時の重量感や質感についても入念に設計されており、ファンを虜にするようなデザインが施されています。ちなみに、皆さんはiPhoneの画面を素早く指でフリックすると、画面全体が少し行き過ぎた後に定位置に戻る仕様になっているのに気づかれたでしょうか。

こうした細かい動作まで、人がデバイスを使用するときの感覚を研究し尽くし、使い心地の良さを追求しているのがアップルの発想であり、そこには多様な知財がミックスで張り巡らされています。

AirPodsなどのアクセサリー製品も、耳につけておけば、iPhoneやiPadにつなぐだけでいつでも音楽や動画を楽しめます。ノイズキャンセリング機能がありながら、人との会話のための集音機能も備えています。もちろんマイクも内蔵されています。そのため、生活の中に自然と溶け込んでいるのです。これから先、アップルのコアユーザを中心に、同社の製品を常に身につけながら生活する人が増えていくのではないでしょうか。まさに、「人の五感を包み込む」というビジョンが着々と実現されつつあるというわけです。

その背景には、特許権、商標権、意匠権などの権利が絡んでいることも忘れてはなりません。パッケージ、アクセサリー、ロゴマークなどにおいて、すべての知財が一糸乱れることなく調和しながらアップルの世界観を表現しており、どれひとつとってもアップルのブランドに違和感をもたらすものはないのです。

その結果、ユーザの五感を包み込むという類まれなビジョンが実現できており、かつ世界中でファンを増やし続けています。

これこそ、日本企業が目指すべき知財ミックスのお手本です。努力が垣間見えるメーカーもありますが、知財ミックスを意識していないか、あるいは徹底できていないために、アップルのような強力な世界ブランドの醸成には到達できていないのが実情です。

アマゾンにも同様のことが言えます。

ECサイトは数多く存在していますが、その中でもアマゾンは確固たる地位を築いています。その理由は多岐にわたりますが、一例を挙げると、翌日には家に届くという驚異的にスピーディな配送が挙げられます。今でこそ、消費者の私たちは慣れてきてしまいましたが、最初はどんな時間帯に注文しても、翌日には必ず配送されることに驚いたことを覚えておられるのではないでしょうか。そこにはアマゾンならではの知財活用があります。

アマゾンは「予測出荷システム」という、配送時間を短縮する技術を特許で押さえているのです。「予測出荷システム」とは、購入者が何を買うのかを購入履歴から早めに予測して、あらかじめその人が住んでいるところの近くや中間地点に商品を配備しておく仕組みです。まさに、リアル店舗との競争を勝ち抜いていくために、同社が戦略的に取得した特許と言えるでしょう。

また、すでに「ワンクリック購入」に関する特許も取得しています。通常のECサイトであれば、購入する商品をカートに入れてからクレジットカードの情報や本人情報を照合し、買い物が成立します。その手続きを、同社はワンクリックで購入・決済が完了できる仕組みとして特許を取得したのです。導入当初は、カード会社をはじめとする業界関係者からも「危険性が高い」「なりすましの温床になる」などの反発があったのですが、消費者にとって便利なことは確かです。そのために仕組みとしても認められ、今ではとくに大きな問題になることなく使われています。

このように、アマゾンならではの知財ミックスを見ていくと、同社が世界中の人から選ばれている理由が分かります。他のECサイトとは視点が明らかに違いますし、またリアル店舗とも異なるユーザ目線のサービスを抜かりなく提供しています。

最適な物がすぐに見つかる、少ない手間で買える、翌日には家に届くなど、ユーザが買い物に求める構成要素を分解し、それらの構成要素ごとに勝てる特許を取得していけば、どんなEC企業であっても、アマゾンのように市場を制覇することが可能なわけです。

必要なのは、自分たちが会社としてどういうビジョンを持ち、どういうブランドをつくっていきたいのかということ。そしてそのブランドを体現するために、技術やアイデア、デザインをはじめとする知財をどうつくり上げ、世界観を表現していくのかを戦略として明確にすることなのです。

=『「見えない資産」が利益を生む』より引用
鈴木健二郎
株式会社テックコンシリエ代表取締役、知財ビジネスプロデューサー。東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了後、株式会社三菱総合研究所、デロイトトーマツコンサルティング合同会社を経て、2020年に株式会社テックコンシリエを設立し現職に至る。三菱総研在職中に、株式会社三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)に2年間出向。知財の価値を裏付資産とする投融資やM&Aなどの金融スキームの開発に従事し、知財が「宝の持ち腐れ」になっている多数の企業の経営再建に成功する。以降、企業が保有する技術力やアイデア、ノウハウ、ブランド、デザイン、アルゴリズムなどを掘り起こし、新規事業や研究開発に活かすための戦略立案・実行を支援するビジネスプロデューサーとして国内外で成果を上げてきた。内閣府や経済産業省をはじめとする政府の知財政策の検討でも多数の実績を持ち、業界団体主催のカンファレンス、金融機関や事業会社内での役員・管理職向けセミナーでの講演、各種ジャーナルでの寄稿・執筆実績多数。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます。
ZUU online library
※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます。