本記事は、鈴木健二郎氏の著書『「見えない資産」が利益を生む』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています。
日本と海外の知財活用の違い
知財には様々な種類のものがありますが、残念ながら日本ではそれらを適切に活用できてこなかった歴史があります。読者の皆さんの中にも、知財というとどこか近寄りがたく、難しい印象を持たれたり、あまり馴染みがないと感じる方も多いのではないでしょうか。
一方で海外企業の場合は、当初から経営戦略を実現するために多様な知財を自在に組み合わせ、積極的に事業を推進することに長けており、世界に冠たる巨大企業へと成長している企業の共通の特徴でもあります。
その秘訣は、知財をミックスで活用することによって、非常に洗練された「ファンづくり」の仕組みを構築することにあります。
アマゾンはまさにそんな企業のひとつです。
書籍のインターネット販売(オンライン書店)から事業をスタートしたアマゾンは、その成長過程で多種多様な商品・サービスを取り扱うようになりました。また、既存のプラットフォームを有効に活用しつつ、徹底して買い物をするユーザに寄り添い、よりユーザが楽になる機能を導入し続けることで他社との差別化を実現していきました。
そこには、特許によって法的権利を獲得し、それを参入障壁にしてダイナミックに稼ぐ〝仕組みづくり〞が戦略として組み込まれています。そのような知財を活用した全社的な仕組みづくりや戦略立案ができるかどうかで、その後の成長は大きく変わっていきます。
アマゾンは確かにEC(Eコマース。インターネットなどのデジタルチャネルを通じて商品・サービスを販売するビジネス)で革命を起こし、ゆるぎない立場を築いた会社ではありますが、だからといって、既存のビジネスがいつまでも安泰というわけではありません。海外ではナイキやグッチなどのブランドをはじめとして、「D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー=企業が自社のECサイト上で顧客に直接商品・サービスを販売する方式のこと)」への参入が相次いでいます。その結果、アマゾンに出品するのではなく自分たちで販売する企業も増えています。
そもそもアマゾンは「百貨店」のようなものです。各メーカーの商品を陳列し、特定のブランドの商品を買うことが決まっていない顧客でも、多様な商品の中から気に入った商品が探せ、安価に購入できることがアマゾンの価値です。彼らの経営ビジョンもそのようなものでした。したがって、ブランド力のある企業は、わざわざアマゾンに出品手数料を支払って出品し、他のブランドに紛れてしまい、差別化が難しくなってしまうのであれば、敢えて自社のシステムに移行するのも自然な流れです。実際、ブランド力のある企業をターゲットに、自社ブランドにロイヤリティのある顧客に特化して商品を届けるためのプラットフォームを提供する「ショッピファイ」のような企業も登場するようになりました。
このように、ECのあり方が変化していく中で、アマゾンは「AWS(Amazon Web Services)」というウェブサービスを展開するなど、クラウドビジネスで収益を安定化させています。また、AIなどの先進技術の開発にも余念がなく、Amazon Alexa というバーチャルアシスタントAI技術を活用したスマートスピーカー「Amazon Echo」を製造・販売するなどデバイスメーカーとしての顔も持つようになりました。
これらはすべて、アマゾンが自ら築き上げたECのシステムで十分に稼げている間に、こつこつと蓄積した知財をミックスで有効に活用し、新たな価値創出につなげた結果です。少々古い情報で恐縮ですが、2017年に公表された研究開発(R&D)に多額の費用を投入した世界の上場企業トップ1,000社のランキングによると、1位はアマゾンで、161億ドルを投資しています。日本企業の中で断トツ最高額のトヨタ自動車の93億ドルを大きく引き離していることからも、技術やアイデアが猛烈な勢いで生み出されていることが分かります。オンライン書店から小売ビジネスを始めた企業が、わずか20年足らずでトヨタ自動車をはるかにしのぐほどの研究開発を行うようになるとは、誰が想像したでしょうか。
注目しておきたいのは、アマゾンのビジネスモデルの変革の背後にある知財ミックスです。アマゾンは、必ずユーザが楽になる機能を構想し、研究開発の成果である技術やアイデア、アルゴリズム、デザイン、ロゴなど、自社の世界観を体現する多様な知財をミックスで張り巡らせ、顧客価値に変換しているのです。
昔ながらのECのビジネスモデルのみに依存するのではなく、自社のビジョンを大切にしつつも、世の中のトレンドを押さえ、新たな事業展開をタイムリーに進め、大きな成長を実現しているのです。
アマゾンのように時代の変化に応じて、事業の主体を変更していく姿勢が重要です。イノベーションとは、革新的な技術やアイデアを生み出すだけではなく、事業を通じて、急速に変わりゆく社会・顧客に、その価値を届け続けることだからです。そのときに、強い武器になるのが知財ミックスです。自社の強みとなる知財をミックスで活かしながら、主力事業を転換していくことが、VUCA時代における持続的な成長には欠かせません。そして、世界的に成功している企業は、ほぼ間違いなくそうした姿勢を常に持っています。
その点でいうと、楽天やソフトバンクなどの日本企業も、主力事業とは別に金融や保険などのビジネスに参入するなど、時代の変化を踏まえて、〝稼ぎ頭〞の事業を移行しています。
そのようにして生き残りをかけて事業をシフトしていくことは重要ですが、そこに確固たるビジョンとそれを体現するための知財ミックスが組み込まれていることが、シフトした先の事業を勝てるビジネスに育て、成長を持続させるうえで不可欠です。
楽天は、決済システムに関する特許を数多く取っていることもあり、先の未来を見据えているのかもしれません。すでに同社は「金融会社」と言っても過言ではありません。クレジットカードで自社の経済圏をつくり、楽天ポイントをはじめとする独自の〝通貨〟でユーザを囲い込んでいます。かつてはジャックスやニコスなどが覇者であった分野において、「クレジットカード発行数ナンバーワン」も実現しました。社長の三木谷浩史氏が元銀行員ということもあり、主力事業から金融ビジネスへの発展もイメージしやすかったと予想されます。決済に軸を置いた新たな事業展開を積極的に推進していく姿勢は、日本企業の中でもとくに立派だと思います。
ソフトバンクも、コンピュータソフトからヤフーの検索エンジンを経て、携帯電話事業へとビジネスモデルを変え、挑戦と失敗を繰り返しながらも成長しています。昨今は、将来有望な企業への投資事業が経営の柱になっていると見受けられます。もちろん、投資を通じて他社の知財にアクセスしながら自社のビジョンを体現する知財ミックスを確固たるものにできれば、まったく問題ありません。ビジョンが描かれ、ビジョンを体現する知財が調和のとれた形でポートフォリオを形成しているかどうかで、未来は大きく変わるでしょう。大切なのはその認識があるかどうかです。
ただ、こうした企業は日本にはまだ少なく、確固たるビジョンに基づいて知財をミックスで張り巡らせ、それらを調和させながらダイナミックに稼ぐ力に変える戦略ができている企業は、決して多いとは言えないのではないでしょうか。