本記事は、鈴木健二郎氏の著書『「見えない資産」が利益を生む』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています。
新規事業創出に求められる「先読み」とは
知財ミックスを実践するうえで重視したいのは「未来の先読み」という発想です。
とくに、知財を軸とした新規事業の創出を検討している場合は、その先にある未来を先読みして、戦略的にポートフォリオを構築していくことが求められます。
このような未来から逆算する発想を「バックキャスティング」と言います。
日本の技術開発や製品開発の現場には、このバックキャスティングの発想が不足していると思われます。自社が保有している技術やノウハウを軸に「それらをどう活用すればビジネスにできるか」という「フォアキャスティング」の発想が主流になっているのです。
例えば、大手の自動車会社には、これまでに培われてきたエンジンの製造技術、燃費向上や小型・軽量化などの改善・改良方法、耐久性や消音性を高める周辺技術など、様々な技術やノウハウが蓄積されていると思います。過去の歴史の中で少しずつ積み重ねられてきた、有益かつハイレベルなものがたくさんあることでしょう。
もちろんそれらは開発において重要なファクターになりますし、そうした技術やノウハウを信頼する気持ちも理解できます。しかし、それらを活かすことだけが未来のクルマを生み出すことにつながるとは限りません。技術テーマを深掘りしても、将来のニーズに応えられるとは限らないからです。
知財活用も同様で、技術テーマを掘り下げて特許取得を重ねるだけでは、本書が提唱するような知財ミックスはできません。
そこで、過去の延長線上からのフォアキャスティング発想ありきではなく、10年、20年といった未来を見据えるバックキャスティングの発想で、お客様に価値を届け、自ら未来をつくっていく発想が求められます。
当然そこには、未来に向けても会社としてのブレないビジョンが必要となります。どんな未来をつくりたいのかが確立されて初めて、それを実現するために求められる知財が明らかになるからです。そのような視点で、複数の知財をミックスして、戦略的に活用していくマネジメントが不可欠となります。バックキャスティングによる新規事業開発を推進しつつ、未来の価値を創造し、ビジネスモデルを組み立てていく姿勢が重要なのです。
未来を予測した上で「そうなったとき、私たちはどうしているだろうか?」と考えれば、やるべきことが見えてきます。そこからあらためて知財を取得し、必要に応じて特許権などのように出願・権利化して、研究開発を進めていけば、未来をつくる事業を生み出せることになります。
もっとも、未来からのバックキャスティングだからといって自分たちの今までの強みを無視するということではありません。バックキャスティングに、今あるものを活用する視点を加えて、フォアキャスティングによって接合させていけば、よりイノベーティブな発想を軸に新規事業を推進していくことができるでしょう。これまでに培われてきた強みをきちんと活かすべきではありますが、未来の事業を創造するためには、まず先を見ることが大事だということです。そういう発想がないと、VUCA時代の周囲の環境変化を無視して、未来の提供価値につながらない製品やサービスをつくり続けることにもなりかねません。新規事業ができても、社会や顧客に受け入れられ、浸透することもありませんから、収益が会社に還元されず、結果的に会社として持続的に成長することもありません。
携帯電話やスマートフォンの誕生によって、市場における「カメラ」の立ち位置は大きく変わりました。これまでと同様の機能やスペックを有するカメラをつくり続けても、市場から選ばれることはないでしょう。それは、時代の変化を先取りして価値を提供することにならないからです。
ただ、技術力や製品に自信がある企業ほど、過去の栄光にすがってしまう傾向にあります。新規事業は既存事業を破壊するほどのインパクトがなければ大きな成功に至ることはないはずですし、本来、イノベーションとはそうあるべきです。アマゾンも、常に前に進むために、新規事業をつくるときには先に未来妄想をしてからビジネスモデルを構想し、今の強みを接続させています。フォアキャスティングで新規事業をスタートすると、「今あるもの」から発想してしまうため、時代の変化や先の未来を見据えることができなくなってしまうのです。
イノベーションは、革新的な技術やアイデアが価値に変換されて、社会・顧客にその価値が受け入れられて普及・浸透するところまでが実現できて、初めて成立します。その点、バックキャスティングによって事業を創出している海外企業は、常に未来を先取りして価値を創出していくことができるため、世界中のファンを獲得しながら規模を拡大しています。