本記事は、堀田 秀吾氏の著書『とりあえずやってみる技術』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

とりあえずやってみる技術
(画像=Alyn_Baby/stock.adobe.com)

失敗の捉え方を左右する「成長志向」と「固定志向」

できるだけ失敗はしたくない。そう思うのは自然なことです。
誰だって恥をかきたくないし、できれば他人から悪く思われたくはない。ましてや、評価が下がるようなことは極力避けたい。そうして私たちは、知らず知らずのうちに「失敗=悪いこと」という考え方を内面化してきたのです。
学校教育の影響は、その代表格かもしれません。テストでは減点方式で間違いが記録され、通知表では「どれだけできなかったか」が評価の軸になります。
「失敗しないようにすること」が、良い子でいることの条件になってきた環境では、挑戦よりも回避のほうが安全であり、「できなかった経験」は避けるべきものだという印象が強く残って当然です。
実際、ペンシルベニア大学のセリグマンが提唱した「学習性無力感」の研究では、繰り返し失敗を経験し、それを自分の能力のせいだと感じると、人はやがて挑戦そのものを諦めるようになることが示されました。
逆に言えば、失敗を「能力の欠如」ではなく、「過程の一部」として捉えられるようになれば、挑戦を続けるエネルギーを取り戻すことができるのです。

ここで、もう一つ重要なのは、「成長志向」と「固定志向」という考え方です。
スタンフォード大学のドゥエックは、長年の研究から、人の能力は変えられると信じている人(成長志向)は、失敗を「学びの機会」と捉える傾向にあることを明らかにしました。一方、「人は生まれつきの能力で決まる」と考える人(固定志向)は、失敗によって「自分には向いていない」「恥をかいた」と受け止め、回避的になります。
つまり、私たちが失敗にどう向き合うかは、その人の思考のクセや文化的な背景に大きく影響されるのです。
加えて、成功の瞬間や、美しく整えられた成果ばかりがシェアされる現代のSNS社会もこの傾向を強めています。失敗や試行錯誤は「見せるに値しないもの」として排除され、「最初からうまくできること」が価値と見なされやすくなっています。
スタンフォード大学のバンデューラによると、他人の成功ばかりが見える状態に長く晒されると、自己効力感が低下し、行動への意欲が萎縮するとされています。

失敗を減らそうとするのではなく、立ち直る仕組みをつくればいい

では、どうすれば私たちは「失敗」を再定義できるのでしょうか?
1つのヒントは、「エラーを学習機会として処理する脳の仕組み」にあります。
イリノイ大学アーバナシャンペイン校のホルロイドとコールズの研究によると、私たちの脳は、「うまくいかなかった」ときにこそ学ぶ力を発揮します
たとえば、思っていた結果と違うことが起こると、「どこがズレていたのか?」を自動的にチェックし、次にどうすればよいかを考える回路が働きます。このとき中心的な役割を担っているのが、前頭前野(PFC)と帯状皮質(ACC)という部分です。
前頭前野は「脳の司令塔」とも呼ばれ、考えをまとめたり、計画を立てたりする働きがあります。
帯状皮質は「エラーのセンサー」のような役割を持ち、うまくいかなかったことに素早く反応して、「今、何かミスがあったよ!」と知らせてくれます。

何度も失敗しては修正していく。このサイクルこそ、行動力や判断力を鍛えていく原動力になります。つまり、失敗は損失ではなく、脳が学習を加速させるトリガーでもあるのです。
教育の現場でも、この考え方が徐々に浸透しつつあります。
たとえば、「間違えることは学びの一部である」と強調するアプローチや、「失敗からどう立ち直ったか」を重視する評価方法が注目されています。
また、近年注目されるレジリエンス教育(失敗から立ち直る力を育む教育)では、ミネソタ大学のマステンの研究が示すように、小さな挑戦と小さな失敗を積み重ねることが、むしろ長期的な「自己信頼」を高めるとされています。
自己信頼とは、自分を信じる気持ちのことです。もっと具体的に言えば、どんな状況でも自分はなんとかなる、うまくいかなくてもまた立ち直れるという感覚です。自分に対して「やってみても大丈夫」と思える、その内側から湧いてくる安心感のようなものです。
これは、単なる自信(できると思う気持ち)とは少し違います。
自信は「成功できそう」と思う気持ちですが、自己信頼は「たとえ失敗しても、自分なら受け止めて前に進める」と思える気持ちです。

では、なぜこの自己信頼が「失敗を恐れない心」につながるのでしょうか?

それは、失敗しても終わりじゃないと思えるからです。
多くの人が失敗を恐れるのは、うまくいかなかったら自分には価値がない、人から笑われる、二度と立ち直れないといった不安があるからです。
でも、自己信頼が育っている人は、「失敗しても自分はそこから学べる」「うまくいかないこともあるけど、それで全部ダメになるわけじゃない」と考えられます。だからこそ、怖さがあっても行動できるのです。

こうした研究や実践の蓄積が示しているのは、失敗を減らすよりも、失敗から立ち上がれる仕組みを持つことのほうが、人生においてはるかに重要だということです。
「一度も転ばない人」よりも、「何度も転んで、そのたびに起き上がってきた人」のほうが強くなることを科学的に示しているのです。

とりあえずやってみる技術
堀田 秀吾(ほった・しゅうご)
明治大学法学部教授。言語学博士。熊本県生まれ。シカゴ大学博士課程修了。ヨーク大学修士課程修了・博士課程単位取得満期退学。
専門は、司法におけるコミュニケーション分析。言語学、法学、社会心理学、脳科学などのさまざまな分野を横断した研究を展開している。
テレビのコメンテーターのほか、雑誌、WEBなどでも連載を行う。
おもな著書には、『科学的に元気になる方法集めました』(文響社)、『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)、
『科学的に自分を思い通りに動かすセルフコントロール大全』(木島豪氏との共著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。
科学的な知見をもとに問題解決のヒントとなる書籍を執筆し、これまでの累計部数は75万部を突破している。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます。
ZUU online library
(※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます)