本記事は、鈴木健二郎氏の著書『「見えない資産」が利益を生む』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています。

戦略
(画像=Syda Productions / stock.adobe.com)

2007年にiPhoneを出したアップルの戦略

アップルがどのように知財に基づく戦略的な動きをしてきたのか、過去の歴史を紐解きながら概観してみましょう。

私たちにとっても馴染みが深いのは、やはり2007年の「iPhone」の発売です。スマートフォンという新たなデバイスのジャンルを確立し、その後も毎年のように改良が加えられ、それは現在でも続いています。発売から15年以上が経過しているのにもかかわらず、製品が進化し続けており、いまだにスマートフォンの王者であるということ自体、いかにファンに愛されているかが分かります。会社で支給されるスマートフォンとして採用されているケースも多いと思いますが、会社ごとのセキュリティ方針に沿った運用ができるように真っ先に対応したのもアップルでした。

コアなファンを生み出し、支持される商品を開発できるのは、やはりビジョン経営と知財ミックスが根幹にあるからであると言わざるを得ません。

アップルは2007年にiPhoneを発表した時点で、次の時代を見据えていたと思われます。

双方向で画像や動画をデータサイズを気にせずに自由に高速で送り合えるような「5Gの時代が来る」ことを見越していたのです。まさに、高い画素数の画像やクリアな音声を、遅延なく送受信できる時代の到来です。

2007年と言えば、日本ではいわゆる「ガラパゴス携帯(ガラケー)」が主流でした。通信方式は3Gの時代で、ドコモの「iモード」が広く使われていましたが、当時は動画や画像のスムーズな転送、あるいはダウンロードなどは到底難しいと思われていました。それはつくり手側もユーザ側も同じです。

しかしアップルは、テクノロジーの進化によって、そうした問題が解消されることを予想しており、2007年というタイミングでiPhoneを発表したわけです。もちろん、開発は2000年代の初頭からはじまっていたと考えられるため、数年の時を経て商品化されています。5Gが普及し始めたのが、2020年代に入ってからであることを考えると、恐るべき未来予測力です。

つまり同社は、それだけの長いスパンで未来を見越しているのです。10年、20年後の未来の社会を描き出しながら、先鋭的かつ革新的な商品・サービスを発表し、支持を拡大してからようやく時代が追いついてくる。世の中がこうなるべきだと考えて、今がそうでないなら自分たちで未来をつくってしまおう、という気概をもって、技術やアイデアをはじめとする知財をミックスで活用しているのです。

これには、先述の通り、本社の経営企画部門の中にある知財戦略部門であるIPカウンセルと各事業部門に分かれたコマーシャルIPのミッションと所属メンバーの意識も関係しています。これらの本社と各事業部門の知財メンバーは全員、自分たちの主たるミッションは、一貫して「競争優位性の確保、新規事業の市場形成、既存事業の市場拡大」であると理解しています。新規事業であれば、他社とともにApple Systemを形成し、OEMやライセンスなどの手法を通じて、プラットフォーム上の企業とのきずなを強固にし、その結果、負けないシステムをつくり上げています。オープンイノベーションによる共創の時代に、アップル一社で勝てる市場はどこにもないということが明確に理解されており、関係各社がApple Systemに入ってくることによって、一緒に高みを目指すコミュニティを目指しています。それを実現するためには、ルールを乱す企業がいる場合は係争に対しても躊躇することなく取り組むことになります。IPカウンセルは同じく本社のコーポレートR&D内にある法務部門と密接に連携し、法的手段がいつでも行使できるようになっているのです。サムスンとの係争もその活動の一環であるということができます。これによってプラットフォーム上の各社は安心してビジネスができるわけです。

またそこには、常に改革していく精神があります。同じアイデアをずっと考え続けるのではなく、それを進化させて次々に新しいものを生み出していく、一貫した会社の姿勢です。そうしたあり方も、明確なビジョンが浸透している証左であると言えるかもしれません。

未来を見据えて事業をしているか、それとも自社の技術があるからそれを商品・サービスに変えているだけなのかによって、顧客の支持は大きく変わります。当然、市場の反応も異なってくるのです。

例えば、今では当たり前になった「音楽のサブスクリプション」サービスにおいても、アップルはかなり早い段階から時代を先取りし、強みを発揮してきました。洗練されたデバイスやアクセサリーを通じてファンを獲得しているからこそ、音楽分野でもプレゼンスを発揮できます。しかし、その前提がない企業は、あとから参入しても厳しい戦いを強いられてしまうでしょう。

残念ながら、そういった分野で市場を席巻できている日本企業はほとんどありません。

ポイントは、未来を見据えて事業をつくりつつ、そこにデザインをはじめとする知財をミックスで組み込みながら、会社のビジョンや世界観を積極的にファンに伝えてきたかどうかにあるのです。

もちろん、音楽というジャンル自体は日本でも人気ですし、音楽のファンはたくさんいます。そこに音楽プレイヤーなどデバイスの市場があることは昔も今も変わりません。ただ、音楽の楽しみ方の未来を見据えて、これからは「体験そのものを売る時代になる」「サブスクリプションが主流になる」という発想で戦略的に行動できず、モノに拘ってしまったところに敗因があるのです。

「うちはCDをつくる会社だから」「うちはプレイヤーを売る会社だから」「スピーカーの技術の会社だから」などと、自らの本業を既存のシーズで狭く定義してしまい、企業経営を続けていくのであれば、時代の変化に取り残されてしまうのも無理はないでしょう。

今では、通信能力の飛躍的な進化を背景に、音楽はストリーミングやダウンロードが主流となり、パソコンだけでなくスマートフォンやタブレット端末などでも楽しむことができます。時代が変わり社会も変わり、人々の行動が大きく変わる中で、何が選ばれるのかも変化しています。そこに乗り遅れてしまうと、企業の成長は実現できません。

知財という観点からも、ストリーミングで音楽を聴く時代に「CDの音をさらに良くするために、光ディスクから音の信号をピックアップするための新しい技術を特許として取得しよう」といった技術ベースでフォアキャスティングの発想をするのではなく、未来の価値を見据えて、市場を制するための知財活用を実践する必要があります。そこに、競争力向上へのヒントがあります。

=『「見えない資産」が利益を生む』より引用
鈴木健二郎
株式会社テックコンシリエ代表取締役、知財ビジネスプロデューサー。東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了後、株式会社三菱総合研究所、デロイトトーマツコンサルティング合同会社を経て、2020年に株式会社テックコンシリエを設立し現職に至る。三菱総研在職中に、株式会社三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)に2年間出向。知財の価値を裏付資産とする投融資やM&Aなどの金融スキームの開発に従事し、知財が「宝の持ち腐れ」になっている多数の企業の経営再建に成功する。以降、企業が保有する技術力やアイデア、ノウハウ、ブランド、デザイン、アルゴリズムなどを掘り起こし、新規事業や研究開発に活かすための戦略立案・実行を支援するビジネスプロデューサーとして国内外で成果を上げてきた。内閣府や経済産業省をはじめとする政府の知財政策の検討でも多数の実績を持ち、業界団体主催のカンファレンス、金融機関や事業会社内での役員・管理職向けセミナーでの講演、各種ジャーナルでの寄稿・執筆実績多数。

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