確定拠出年金,ポートフォリオ
(写真=PIXTA)

昨年9月に衆議院を通過した確定拠出年金法改正案は、順調であれば4月頃までに参議院の審議を経て成立することになろう。この法案の1つの柱は運用手法・運用商品の改革にある。

厚生労働省資料によると、継続時の投資教育の充実に加え、「あらかじめ定められた指定運用方法」、つまり加入者が商品選択しない場合に掛金が自動的に投資される対象(デフォルト商品)に関する規定を整備し、分散投資効果が期待できる商品を指定運用方法にするように促す措置を講じるとしている。2016年1月号(*1)で述べたように、この背景には「加入者は合理的な行動をとるとは限らない」とする行動ファイナンス理論がある。

確かに分散投資は投資の鉄則である。問題となるのは資産の配分割合、特に現預金や債券などの比較的リスクの低い資産と株式などリスクの高い資産にどう配分するかである。結論を先取りすれば、この問題に1つの正解はない。米国でデフォルト商品に採用されているライフサイクルファンドでは、株式への配分割合が80%を超えている。しかし、日本の家計は米国ほど株式などリスク資産の投資になじみがない。

例えば、昨年9月末時点の家計金融資産1,684兆円の配分をみると、株式9.7%、投資信託5.4%、外貨建て資産が2.5%である。適正なポートフォリオにおけるリスク資産への配分は米国よりかなり低いと考えられる。

その上でポートフォリオの優劣を評価する場合のポイントを2つ指摘しておく。第1が評価の基準(ベンチマーク)である。多くの加入者は、拠出した掛け金が目減りしているかどうか、言い換えると自分の資産が当初の投資額に対して、どのくらいの収益(リターン)が得られたか、その絶対値を重視しているようである。

しかし、いくら高い収益率をあげてもそれがインフレ率よりも低く、掛け金拠出時点よりも購買力が減少していては老後の所得保障としては心許ない。反対に収益率がマイナスで投資元本が減っていても、収益率がインフレ率を上回れば、購買力は成長していることになる。リスクとリターンの評価においてはインフレ率を基準とすべきである。

第2のポイントは、老後の準備となる他の資産と合わせて評価することである。一例として自宅を保有しているのなら、その資産価値や家賃の節約分を考慮すべきである。中でも公的年金給付は重要である。2014年の「国民生活基礎調査」(厚生労働省)によれば、公的年金は高齢者世帯の所得(300万円)の67%(203万円)を占めており、確定拠出年金はその補完にすぎない。

以上を踏まえ、簡単なシミュレーションを行った。まず、ある家計が(1)厚生年金加入者の平均的な賃金カーブに基づいて賃金所得を得る、(2)25歳から65歳まで年収の18.3%(労使計)を厚生年金保険料として、10%を確定拠出年金に拠出する、(3)厚生年金からは所得代替率50%の年金を65歳から85.6歳(2055年の65歳男子の平均余命)まで支給される、とする。

その上で、I.国内債券50%・グローバル株式50%、II.国内債券90%・グローバル株式10%、という2つの確定拠出年金ポートフォリオについて、65歳時点の老後準備の分布を確認する。

老後準備とは確定拠出年金の積立金と、65歳以降支給される厚生年金(ネット所得代替率50%)を債券利回りで割引いた65歳時点の現在価値の合計を指す。さらにA,B2つのケースを設定する。

両者におけるインフレ率を控除した国内債券・グローバル株式の実質リターン及び実質賃金上昇率の期待値(年率)を、図表1のように、ケースAで1%、4%、1%、ケースBではデフレ継続を前提に0%、2%、0%と設定する。1970年度から2013年度の過去44年間の実績値3.2%、5.9%、2.6%に比べ、いずれもかなり慎重な想定といえる。

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これらの分布(期待値からの乖離幅とその頻度)については過去44年間の実績を用い、5,000回のブートストラップ法により老後準備の分布を生成した。

そこから、(1)老後準備が確定拠出年金掛け金と厚生年金保険料合計(賃金の28.3%)の元本より目減りする確率、つまり掛け金+保険料のリターン(加重平均)がインフレ率を下回る確率、(2)下回った場合の不足率、(3)同じく不足率の2乗、という3つのリスク指標を確認した結果が図表2である。

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まず、ケースA、Bでリスク指標を比べると、(1)~(3)(確率、平均値、2乗値)のどれも、ケースB(デフレ継続)の方が高い。Bでは債券の期待リターン、賃金上昇率がいずれも0%であることがその理由である。次に2つのポートフォリオのリスクを比較すると、(1)~(3)のいずれの指標も、株式への配分が高いポートフォリオIの方が債券への配分が高いIIよりずっと大きい。これも当然の結果といえる。

強調したいのは、2つのケース、2つのポートフォリオのいずれにおいても、厚生年金を合計した老後準備の方が、確定拠出年金単独の場合よりインフレ率を下回るリスクがかなり小さい点である。

例えば、ポートフォリオIに投資し、リターンがインフレ率を下回る確率は確定拠出年金だけならケースAで25.6%、ケースBで34.9%であるのに対して、厚生年金を合計することで3.5%と27.5%に低下する。ポートフォリオIIでも同様の結果が得られた。

この背景には、在職中の厚生年金支給額の価値が毎年の平均的な賃金(標準報酬)上昇率によって改定されることがある。その期待値はケースBでも0%である。これは賃金が変動しても年金額が平均的には目減りしないことを意味している。

また、賃金上昇率と債券及びグローバル株式の収益率の相関係数はそれぞれ0.16、-0.21と低く、その標準偏差3.0%も債券(6.1%)やグローバル株式(20.5%)より低い。つまり、確定拠出年金の資産に厚生年金の受給権を加えることで、ポートフォリオにリスク分散効果がもたらされるのである。

もちろん、この結果は前提数値により変化する。例えば、実質賃金上昇率の期待値がマイナス、つまり賃金上昇率がインフレ率を下回る状況や、厚生年金の給付水準(*2)が低下し、モデル所得代替率が50%に達しない状況では、逆に厚生年金給付を合算することで老後準備への拠出がインフレ率を下回る確率が高まることも有り得る。

しかし、そうした状況にならないとすれば、厚生年金受給権には確定拠出年金の投資リスクを分散・減少させる効果があると言える。

(*1)「行動経済学と確定拠出年金―英国NESTを中心に」(ニッセイ基礎研究所 年金ストラテジー2016年1月号)
(*2)厚生年金給付だけの内部収益率(実質値)を試算すると、ケースAでは1.5%、ケースBでは1.4%であった。

臼杵 政治
ニッセイ基礎研究所

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