日銀による「マイナス金利政策」の解除時期が注目されています。この記事では、日本経済の動向を大きく左右する金融政策について、これまでの変遷と今後の見通しについて見ていきます。
主な金融政策の流れ
最初に、2016年の「マイナス金利政策」導入に至る日銀の金融政策を確認ておきしましょう。
導入した年 | 導入した金融政策 |
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1999年 | ① ゼロ金利 |
2013年 | ② 量的・質的金融緩和 |
2016年 | ③ マイナス金利付き量的・質的金融緩和 |
① ゼロ金利
政策金利をゼロ%に誘導することで、景気や物価を押し上げることを期待した政策をいいます。
② 量的・質的金融緩和
目標インフレ率2%を2年程度の期間内に実現することを目指した政策をいいます。
③ マイナス金利付き量的・質的金融緩和
金融機関から企業への貸し出しや投資を促進し「量的・質的金融緩和」の早期実現を目指した政策をいいます。
これら金融政策の最大の目的は「デフレからの脱却」です。バブル崩壊以降に日本経済は深刻なデフレに陥りました。90年代後半には不良債権問題等によって大手金融機関の破綻や再編などが相次ぎ、さらに混乱をきわめ、デフレに拍車がかかりました。そのような時期に景気刺激策として導入されたのが、「ゼロ金利政策」でした。デフレが継続する中、第2次安倍内閣から「三本の矢」と言われるデフレ脱却策が発表され、そのうちの1つである「大胆な金融政策」を実現するものとして導入されたのが「量的・質的緩和政策」です。その後、目標インフレ率2%を2年間で実現することが難しい状況を踏まえ、金利全般に下押し圧力を加えていく「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」が導入されました。
このように、日銀は20年以上にわたりデフレ脱却を目指した金融政策を実施してきたのです。
現時点の金融政策の成果
日本経済がデフレから脱却するには「実質賃金」の上昇が必要だと考えられています。賃金が上がることで消費が拡大して物価が上昇、それによって企業業績が拡大し、さらに賃金が上がるという好循環を実現しデフレ脱却を目指すものです。
しかし、日本の1人当たり実質賃金(名目上の賃金から物価変動分を差し引いたもの)は1991年以降ほぼ横ばいで推移しています。日本の1991年の実質賃金の水準を100とすると、2020年では103.1と先進5か国の中で最も低い数値となっています(下表参照)。
▽2020年の賃金比較(1991年の実質賃金の水準を100とする)
日本 | 103.1 |
米国 | 146.7 |
英国 | 144.4 |
ドイツ | 133.7 |
フランス | 129.6 |
この数値は実質賃金であり、実際にその国の通貨で支払われた金額を指す「名目賃金」でみると、その差はさらに大きく開くことになります。
このような状況の中、今年の春には日銀が「マイナス金利政策」を解除し、その後の利上げに踏み切るのではないか、という観測が出ています。そこで、これまでの金融緩和政策に関する植田総裁の発言を辿ってみましょう。
植田総裁の発言と円相場の動向
植田総裁は、2023年4月10日に開かれた日銀総裁の就任会見で、日銀が続けてきた金融緩和政策について「非伝統的な金融政策」と指摘したうえで、次のように述べています。
日銀総裁就任会見での発言(2023年4月10日) |
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現在の金融緩和は、インフレ率(消費者物価の上昇率)が本当に安定的・持続的に(日銀が目標としている)2%に達する情勢なのかを見極め、適切なタイミングで正常化する必要がある |
賃金の上昇やインフレ率の達成に向けて良い動きが出ている |
20数年、続いている金融緩和政策を総合的に評価、検証したい。それには相応の時間が必要 |
また、「マイナス金利政策」解除については、同年9月から11月まで次のように発言していました。
日時 | 2023年9月の発言 |
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2023年9月6日 | ・物価目標の実現にはまだ距離がある ・決め打ちできる段階ではない ・2023年の年末までに(金融政策の転換に向けた)十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない |
2023年9月22日 | ・現時点では経済や物価の情勢における不確実性は極めて高い |
2023年10月31日 | (「マイナス金利政策」の解除に必要な)物価目標の実現を見通せる状況にはまだ至っていない |
9月9日に「2023年の年末までに(金融政策の転換に向けた)十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」と発言、年内にも「マイナス金利政策」が解除されるのでは?という憶測を呼びました。その後、9月22日に開かれた金融政策決定会合後の記者会見などで、早期の「マイナス金利政策」解除という市場の見方に釘を刺しています。
このように、就任してから現在に至るまで慎重な姿勢を見せていた植田総裁ですが、12月7日の参議院財政金融委員会でスタンスの変化ともとれる発言がありました。
不確実性が高いと前置きしながらも、「年末から来年にかけて一段とチャレンジングな状況になる」と発言したのです。“表現の仕方の妙”と言えなくもありませんが、年末から来年にかけて日銀が何かしらの動きを見せるのでは?と推測したくなります。
この発言を受けて円は急騰。対ドルで147円台から141円台まで円高が進みました。
2024年春先の春闘に注目
日本の金融政策は、植田総裁1人の意見で決まるわけではありません。金融政策決定会合は、総裁のほかに副総裁2人、審議委員6人で構成され、採決は9人のメンバーの「多数決」で行われます。つまり、過半数にならなければ、議案は否決されます。
日銀の氷見野副総裁は、12月6日の金融経済懇談会で「(植田総裁の発言は)言い方が変わっているだけで中身は変わっていない」、「(金融緩和の出口のタイミングについて)決め打ちはマイナスが大きい」などと発言しました。他の政策委員会委員からも、ほぼ同じ時期に「いまは金融緩和策の修正を決定するタイミングではない」「いつごろ解除するかという話をできる状況にはない」という発言がありました。
「マイナス金利政策」が解除される時期は、春闘の結果が明らかになる2024年4月25日、26日に開催される金融政策決定会合が候補として挙げられています。各委員の発言を見ると、金融政策の転換は「賃金の上昇継続が重要な条件の1つ」とする内容が散見されるからです。もちろん、4月に至るまでの過程で景気の状況が悪化したり、賃上げが予想を下回れば、後ずれする可能性もあります。
「マイナス金利政策」の解除で住宅ローン金利が上昇?
ここまで「マイナス金利政策」解除の可能性について説明してきました。では、実際に「マイナス金利政策」が解除されると、どんなことが起こり得るでしょうか。
前述した9月や12月の植田総裁の発言直後には、円が買い戻され、株式市場は下落し、長期金利の指標となる10年物国債の利回りも上昇(価格は下落)しました。「マイナス金利政策」解除後のマーケット動向には注目しておく必要があるでしょう。
また、金融政策の影響を受ける住宅ローン金利もやがては上昇するかもしれません。住宅ローンは固定金利であれば長期金利、変動金利であれば短期金利に連動する傾向があり、昨今の長期金利の上昇に伴って固定金利はジワジワと上昇しています。
また、何らかの事業を経営している人にも影響は少なくないでしょう。市場金利が上昇すれば、銀行などの金融機関からの借入金にかかる金利も上昇するからです。
その他、企業の有利子負債にかかる金利が上昇すれば、売上高や利益の水準に比べて負債が多い企業は厳しい局面を迎えるかもしれません。
日銀の主な役割の一つは「物価の安定」です。金融政策を通じて金利を調整し、企業や個人の投資・消費行動、ひいてはマクロ的な経済・物価動向に働きかけますが、現状はこれ以上金利を下げることができません。「物価の安定」を目指す日銀は、今後の金融政策をどのように組み立てていくのでしょうか。「マイナス金利政策」もいつかは解除されることになるでしょう。そのタイミングがいつになるかに注目しながら、経済ニュースをチェックしてみるのも面白いかもしれません。