国内ワックス市場で約80%という圧倒的なシェアを誇る日本精蝋。創業からまもなく100年を迎えようとするこの老舗企業は今、大きな変革のときを迎えている。
かつて三菱ケミカルで先端素材の指揮を執った瀧本丈平氏が社長に就任してから約1年半。外部から招かれた「プロ経営者」の目には、伝統ある独占企業の姿はどのように映ったのか。そして、脱炭素や原油事情の変化という荒波の中で、どのようなかじ取りを行おうとしているのだろうか──。
企業サイト:https://www.seiro.co.jp/
目次
大手が撤退した「残り物」を磨き上げてつかんだ独占的地位
── 国内シェア80%という数字が示す通り、圧倒的な存在感がありますが、なぜこれほど長く独占的な地位を維持できたと分析していますか?
瀧本氏(以下、敬称略) もともとワックスという製品は、大きな石油精製メーカーが原油からガソリンなどを分けるときに出てくる副産物でした。かつては石油メーカー自身が副産物として販売していました。
私たちは、そうした石油精製メーカーから、まだワックスになりきっていない原料を買ってきて、そこからきれいにワックスを取り出すことを専業としています。石油メーカーからすれば、自分たちが扱う膨大なエネルギー製品に比べると、ワックスは量が2桁も3桁も違うニッチな商売です。
しかも、「これができたから買ってください」という商売ではなく、顧客の細かい要望にあわせて作り込む必要があるため、量のわりにかなりの手間がかかります。
その手間を嫌った石油メーカーが少しずつ撤退していき、私たちがその商売を引き継ぐ形で残ってきました。原料からつながる最川上に位置しながら、ワックスを取り出す技術を磨き続けてきたこと。これが、国内ナンバーワン企業として生き残ってこられた理由だと考えています。
「覚悟と自信の不足」こそが最大の危機だった
── 前職の三菱ケミカルのような巨大組織と比較して、日本精蝋ならではの課題や、カルチャーショックを感じた部分はありましたか。
瀧本 やはり人の数が少ないため、どこかの部署でキーパーソンが働けなくなると、組織全体に大きな影響が出てしまう点は大きな違いです。
前職では人材の層が厚く、代わりはいくらでもいましたが、ここでは「個」の存在が強みでもあり、同時にリスクにもなっています。
また、専業メーカーであるため、ワックスという一つの製品がダメになれば会社そのものが立ち行かなくなります。三菱ケミカルのようにポートフォリオが分散されていれば、何かがダメになっても他でカバーできますが、私たちにはその逃げ場がありません。
したがって、今いるメンバーの一人一人が、逃げずに必死に頑張っていくしかないのですが、その覚悟と、そうすれば必ず勝てると言う自信が社員にあったか、入社当初はあまり感じられなかったかも知れません。
── そうした環境の中で、どのような勝ち筋を描いてきましたか?
瀧本 グローバル競争において、私たちのような古い業界の日本企業が「コスト」で戦うことは不可能です。日本の市場は小さく量で勝負できませんし、原料も持っておらず、労務費も決して安くはありません。
コストで勝てない以上、人(他社)と違うことをやるしかありません。製品のクオリティはもちろん、仕事のやり方全般において独自性を出すことです。ただ、何か新しいことを始めてうまくいっても、すぐに競合他社がまねをしてきます。同じことを続けていれば、すぐにその他大勢の中に埋没してしまいます。
ですから、毎日毎日、少しずつでも「違うこと」をし続けなければなりません。昨日より今日、今日より明日と、変化し続けることだけが、私たちが戦う唯一の方法だと考えています。
「ライスワックス」に見出す高付加価値戦略
── 変化という点では、中期経営計画で「ライスワックス」(米ぬかろう)を柱の一つに掲げていますが、化学メーカーがバイオマスに取り組むというと、CSR(企業の社会的責任)的な側面が強いようにも見えます。収益の柱としての勝算はどう見ていますか。
瀧本 確実に事業の太い柱になると手ごたえを感じています。ワックス市場全体で見ると、石油などの鉱物由来と植物由来が半々くらい存在します。私たちはこれまで鉱物由来を専業としてきましたが、この植物由来の分野を太くする必要があります。
ライスワックスは、既存の米油メーカーなどが副産物として扱っているケースも多いのですが、私たちは「ワックスのプロ」です。ワックス特有の扱いのコツや技術的知見においては、一日の長があります。私たちが本格的に参入することで、既存のライスワックス市場だけでなく、他の植物由来ワックスのシェアも獲得できると考えています。
── 単なる代替品やエコ活動ではなく、技術力を活かした「攻め」の商材というわけですね。原料調達の面では、農家や精米所との連携などサプライチェーンの構築が難しそうなイメージがあります。
瀧本 現状のマーケット規模であれば、調達に大きな障害はありません。米の生産量は膨大であり、そこから出る米ぬかも大量に存在します。私たちが目論見通り大成功して需要が爆発的に増えれば、次の調達先を考える必要がありますが、当面は原料は十分に手に入る環境です。
財務体質の劇的改善とこれからの投資戦略
── 中期経営計画で掲げている「ROE(自己資本利益率)10%」は、現状からするとチャレンジングな目標に見えます。達成に向けた具体的なドライバーは何ですか。
瀧本 大きく三つの要素があります。一つ目は先ほどお話ししたライスワックスを含む新製品群による利益率の向上です。新しい製品を出し続けることでしか、高い利益率は維持できません。
二つ目は海外展開です。国内シェアはすでに極めて高いため、これ以上の成長余地は限定的です。一方で海外市場は手つかずの状態に近く、私たちが日本で培った用途開発の提案を持って行くことで、高く評価して頂けると思っています。マーケットのポテンシャルは巨大であり、ここを攻めることで分子を大きくします。
三つ目はコスト構造の改革です。山口県周南市にある徳山工場は、当社のメイン工場ですが、設備の老朽化が進んでいます。これらをスクラップ・アンド・ビルドで刷新し、更に高品質の製品を生産することを可能にするとともに、省力化やエネルギー効率の改善を進めることで、コストダウンも図ります。
── 設備投資には多額の資金が必要になります。資本政策について、M&Aやパートナー戦略なども含めてどのように考えていますか。
瀧本 財務面に関しては、かなり盤石になってきました。数年前に経営が厳しくなった際、JIS(ジャパン・インダストリアル・ソリューションズ)から30億円の資本性劣後ローンを借りました。これは自己資本が薄くなったことへの対応でしたが、この10月ですでに半分の15億円を返済しています。残りの15億円も近いうちに返済できる見込みです。
この2年間でそれだけのキャッシュを生み出せたという事実が、私たちの収益力を証明しています。市況の追い風だけでなく、構造的に利益が出る体質に変わってきました。ですので、新たな投資のために無理なファイナンスをする必要はなく、資本政策について過度な心配はしていません。
社員が自信を取り戻した「対話」と「実績」
── 構造改革を進める中で、現場の社員の意識を変えることに苦労する経営者は多いです。組織内のコミュニケーションを円滑にするために、どのような取り組みを?
瀧本 就任前から全社員に向けて「気づいたこと」を話し、その後も就任100日目や決算のたびに、全社員200人強と直接対話する機会を設けてきました。徳山工場にも頻繁に足を運んでいます。
ただ、私の努力以上に大きかったのは、会社が一度存亡の危機を経験したことです。「今までのままではダメだ」という意識は、私が言うまでもなく社員の中にありました。
その上で、実際に改革を進めて黒字化し、給料などの待遇も少しずつ改善してきた。社員たちが「あ、こうやって変えていけば、なんとかなるんだ」と体感できたことが大きいです。
社外取締役の方からも「会社が明るくなった」と言われます。成功体験が自信を生み、さらに前向きな変化を受け入れる好循環が生まれています。
新炭素社会での存在意義
── たとえば10年後、日本精蝋をどのような会社にしていたいですか。
瀧本 10年経っても変わってはいけないのは、「日本精蝋は高品質な製品を安定して届けてくれる会社だ」という評価です。これは私たちのDNAであり、絶対に守るべきものです。
その上で、高付加価値な製品を生み出し続ける会社でありたい。今日の高付加価値製品は、明日には汎用品になります。常に新しいものを生み出し続けることでしか、ブランドは維持できません。
ワックスは炭化水素でできています。世の中では「脱炭素」と言われますが、炭素そのものが不要になるわけではありません。人類社会にとって炭素源は必須であり、それが石油から植物や空気中のCO2などに置き換わるだけの話です。どのような炭素源の時代になっても、ワックスという素材はなくなりません。
新しい炭素社会の中で、ワックスを自在に操れる技術を持った会社は、世界でもそう多くはありません。私たちの存在価値は、これからますます高まるはずです。私たちは胸を張って「ワックスのグローバルリーダー」だと言える、そんな存在感のある企業を目指します。
- 氏名
- 瀧本丈平(たきもと じょうへい)
- 社名
- 日本精蝋株式会社
- 役職
- 代表取締役社長

