株式会社ハークスレイ

ほっかほっか亭の創業に参加し、日本の食文化に「あたたかい持ち帰り弁当」を定着させた株式会社ハークスレイの青木達也代表取締役会長兼社長。かつて「弁当は冷まして提供する」とされた衛生基準に対し、データに基づく粘り強い行政交渉で風穴を開けたパイオニアだ。

阪神・淡路大震災での原体験から「食の提供は自社の社会的役割」という信念を抱き、企業の継続性を高めるべくM&Aや事業多角化を推進してきた。インフレや人手不足が加速する現代において、AI・ロボットの活用や新世代への事業承継など、過去を壊し未来を創るための経営理論を聞く。

青木 達也 (あおき たつや)──代表取締役会長兼社長
1952年、千葉県生まれ。1976年、日本初のあたたかい持ち帰り弁当のパイオニア「ほっかほっか亭」の創業に参加。食のインテグレーショングループ約20社をまとめる代表として、事業の多角化を実行。
株式会社ハークスレイ
1980年3月創業(持株会社への移行は2021年10月)。「ほっかほっか亭」を展開する「中食事業」、店舗リース等の「店舗アセット&ソリューション事業」、食品製造・物流を担う「物流・食品加工」の3事業を柱とする東証スタンダード上場企業。近年は食品メーカーのM&Aなど物流・食品加工事業への投資も行う。
企業サイト:https://www.hurxley.co.jp/

目次

  1. 「持ち帰り弁当は冷まして提供」というルールをどう乗り越えたか
  2. プレナス社とは路線が違うだけ。これからも切磋琢磨する
  3. 人材育成とAI・自動化が今後のカギ
  4. グループ会社の社長から後継者を決めたい

「持ち帰り弁当は冷まして提供」というルールをどう乗り越えたか

── 創業の経緯や、勝機を見出したきっかけを教えてください。

青木氏(以下、敬称略) 創業のきっかけは、ずばり温かいお弁当を提供できないかと考えたことです。当時、お弁当の持ち帰り商品は冷まして提供するというルールがありました。

そうしたルールがあったのは、温度を下げて食中毒のリスクを下げなさいと、行政が指導していたからです。もちろん、お弁当は温かいほうがおいしいのでそれを実現すべく、まず行政を説得することから始めました。

これは私たちにとって非常に良い経験でした。データを取って、ほとんどのお客様はお弁当を買っても30分以内に食べてしまうことが分かったのです。さらに、2時間以内であれば食中毒の事故はほとんどないということもデータで確認できました。

それを当局に示しながら、指導を受けました。厨房と売り場の仕切りを作ったり、ところどころは行政の協力もあおぎました。折々で保健所などに相談し、こちらから積極的に指導いただきたいと伝えた上で、理解を得ながら進めた形です。

冷たいものと温かいものは、同じ材料で同じコストがかかっても、付加価値が圧倒的に違うということを皆さんに分かってもらえたことで、爆発的な全国への店舗展開につながっていきました。

経済的で、温かく美味しい、そして好きなところで食べられる便利さ。この要素がそろっていたことが、成長の一番の原点だったと思います。

── 店舗を増やす中で、特に気をつけたポイントはありますか?

青木 ハンバーガーなどの洋風メニューと違い、私たちのメニューは一般家庭で毎日食べているようなものをパッケージにしているだけなので、似たようなものは誰でもつくれます。そのため、スピードではなく、安心感や利便性といったメリットを追求しました。

プレナス社とは路線が違うだけ。これからも切磋琢磨する

── 現在「ほっともっと」を展開する株式会社プレナスとの関係について、当時を振り返り教えてください。

青木 当時はお客様に対する考え方の違いがありました。プレナス社も上場していましたし、私たちも上場していたので、投資家に対する約束、お客様に対する約束、社員・加盟店への約束、この三つの約束を守る必要があります。

力を合わせて全国展開をした時期もありましたが、上場すると損益や予算に対する考え方、そして企業の理念による意見の相違が起きてしまいました。

別にどちらが良い悪いではなく、あくまで路線の違いであり、やむを得なかったと考えています。分裂した際には相当額の損害賠償も受け取っていますし、仲良くやってきたこともあるので、最後はきれいに線引きができたと思っています。

現場では競争が多少加熱した面はありますが、基本的にはお客様にどう向き合うかという路線の違いだけです。

── 裁判もありましたね。

青木 第三者のジャッジが必要でしたから。今も最大の競争相手ですが、企業は競争したほうが良いわけです。

切磋琢磨する関係は続くでしょうが、非常に刺激的なよい関係だと思います。私たちも負けるつもりはありませんし、結果的にお客様に喜ばれる組織になっていったら、それが社会の中での役割として一番良いのではないでしょうか。

── 1995年の阪神淡路大震災では、苦労があったと聞いています。

青木 当時私は30代で、加盟店への約束、お客様への約束、社員への約束をどうやって実現するか、眠れない日々を過ごしました。

幸い、私たちは直接的な被害をあまり受けずにすみました。そこで、自分たちが何を求められているのかを考えると、お弁当は災害のときこそ価値があると実感しました。

であれば、企業の社会的役割として絶対にお店を開けなければなりません。街を見れば、神戸でも芦屋でも、西宮でも大阪でも、食に対する不安を持つ人、空腹という人間本来の欲求を満たせない人が、たくさんいます。

私が最初にお店へ号令をかけたのは、「とにかくご飯だけでもいいから炊き出せ」ということでした。姫路など近隣都市からいろいろなものを持ち込みました。

災害があれば一番先に店を出し、商品を届ける。これは東日本大震災のときも同じです。フルメニューにはできなくても、ご飯だけでも炊き出す。企業人として、経営者としての決断を試されたことで、特に阪神大震災は私にとって最大のターニングポイントとなりました。

非常事態でも平常時でも、お客様に食を提供することが我々の役割だと身に染みて感じさせられました。この考えは今も変わっていません。

── 1997年に上場(株式店頭登録)していますが、その狙いは?

青木 非常事態の中でも社会との約束を果たし、役割を果たすためには、資金力、人材力、トータルの組織力を増強しなければならないと強く実感したからです。そのための一つの方法として、継続性、影響力、安定性を考えて、上場を決めました。

当初は市場の変革の最中で、上場を廃止した会社も多くありました。しかし、私の目的は継続性と組織力の増強です。上場を維持することが社会の中での公共性を示すことだと自覚しているので、迷いはありませんでした。

人材育成とAI・自動化が今後のカギ

──次の10年に向けて、これから何に注力したいですか?

青木 新しいものをつくるために、古いものを壊すことです。古いものを残しながら新しいものをつくるのは不可能だというのが、私の実感です。逆に壊すところから始めると、必然的に新しいものが生まれます。

これからの10年を考えたときに重要なのは、長く続いたデフレからインフレに転換していることでしょう。そのスピードや形は予測不能ですが、新しい景色のインフレ社会が動き出しています。

新しいものへのニーズや経済環境の変化がある中でどう対応するかといえば、それらに臨める人材の育成が必要です。マーケティングも技術開発も、変化への対応も、人材がいなければ成り立ちません。軸は人材の育成、しかもインフレ時代に対応できる人材の育成になります。

── 将来的なフルオートメーション化の可能性や、逆に人がやるべき領域はありますか?

青木 同業者を見渡すと、回転寿司業界はすでにロボット抜きにはできない状態です。あるいは、建設業界でいえば、建設機械は人間の何百倍もの力で動きます。冷静に見ると、すでにロボットはさまざまなところで活用されています。

一方、私たちはコインランドリーを展開しているのですが、電子マネーが導入され、お釣りや現金の回収が不要で、なおかつ電子化され、ロボットとテレビカメラでリスクの90%をカバーできるようになりました。お客様にとっては、スタッフがいないほうがプライバシーを守れる面もあります。

そこで、私たちのお弁当の分野でも、ロボット化がどうできるのかを検討しています。

また、これから10年くらいでAIが組み込まれると、お客様のニーズに合わせて一日分のミネラルやビタミン、エネルギーを摂取でき、美味しいお弁当をロボットが提供することは十分可能になるのではないでしょうか。

お客様目線で見ても、ロボットがやるほうが安心で、安上がりになる可能性があります。安くなるのであれば、利用者にとってもさらなるメリットがあります。24時間営業も可能です。富士山の頂上でも営業できるでしょう。人がなかなか行けない場所や、配置にコストがかかる場所も、ロボットであれば運営が可能です。

私たちは、ロボット化は避けて通れないと考えており、現実的なコストとの戦いの中で取り組んでいます。

グループ会社の社長から後継者を決めたい

──中食の市場が拡大する中で、どのような付加価値を提供する考えですか?

青木 今、外食産業の市場規模は約26兆円、中食産業は約13兆円で、伸び率は圧倒的に中食産業のほうが大きく、まだ伸びる余地があります。

しかし、問題なのがインフレと企業の存続です。人件費、水光熱費、原材料費すべてがとてつもないスピードでインフレ進行している中で、コストを価格に反映できないことに、他社も相当苦しんでいます。

特に淘汰(とうた)されるのは中間層です。中小零細企業は家内工業的に柔軟な乗り切り方ができますし、資本力のある大企業はロボット化やコスト面でのスケールメリットで乗り切れるでしょう。売上高10億円から100億円程度の企業が最も厳しいのではないかと見ています。

そこでM&Aを進めています。単独で進むより一緒にやったほうが明らかに有利ですし、従業員も安心できるのではないでしょうか。

── 今後のM&Aのターゲットはどのような企業なのでしょうか?

青木 われわれのM&Aのターゲットはこの10億円から100億円のゾーンにある食関係のビジネスをしている単独企業です。単独活動では資金力、人材力、バイイングパワー(仕入力)などの面で厳しいからです。

方針は、食にかかわる企業のグループ化です。買収案件が持ち込まれることも多いのですが、それらは中堅どころが多いですね。従業員をどうやって見ていったらいいか、競争にどう勝ち抜いたらいいか……中小経営者の間で、組織をどう存続させるかという意識が高まっているようです。

── 次世代への引き継ぎについては、どう計画していますか?

青木 すでに考えています。グループ企業の社長、若い幹部クラスも頭角を現してきています。実績がすべてです。意図的に、身内・親族は一人もグループに入れていません。

グループ企業は、2030年には20社を超えるぐらいになると思います。個性豊かで面白い人がたくさんいますので、この中から次の後継候補が生まれくるのが理想ですね。

私がやってきたことはすべて壊して、白紙にして、あとは好きなように絵を描いてくれればいい。条件付きの継承は考えていません。

── 「これだけはやっておきたい」ということはありますか?

青木 次のプレーヤーの邪魔にならない形を作り、継承者が存分に活躍できるフィールドを用意しておきたい。

特に、これからの50年を大切にしたいです。これからの50年を生きる人たちに軸を置き、報酬体系、働き方改革など制度の環境を整備し、組織の新陳代謝を図り、企業の持続的成長を実現していく必要がある。

さまざまな方法がありますが、大切なのはモノではなく、心の部分での感謝です。常に感謝と深い敬意を持ち示していくことが大切であると、常にそう考えています。

氏名
青木 達也 (あおき たつや)
社名
株式会社ハークスレイ
役職
代表取締役会長兼社長

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