本記事は、三浦 真氏の著書『考え方には型がある 「答えのない問い」に答えを出す思考法』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
サザエさんで考える中学受験か、公立中学への進学か
ここでは、再度、サザエさんで答えのない問いの答えを創っていきましょう。カツオくんは中学受験をすべきか、それとも地元の公立中学に進むべきかという問いです。
登場人物はおなじみの家族です。
サザエさん(24歳)は明るく社交的な専業主婦で、夫のマスオさん(28歳)は海山商事の営業課勤務。息子のタラちゃん(3歳)は元気いっぱいの幼児です。
父の波平さん(54歳)は会社勤めの現役サラリーマンで、母のフネさん(50代)は家庭を支える思慮深い存在。
サザエさんの弟カツオ(11歳)は小学5年生、妹ワカメ(9歳)は小学3年生です。
舞台は東京・世田谷近辺の一戸建てです。
原作者・長谷川町子さんの『サザエさん』は1946年から1974年まで連載されました。
ここでは、波平さんとフネさんの視点に立ち考えてみます。
時代背景としては、1964年(東京オリンピックの年)を前提に、カツオくんが中学受験をすべきかどうかを考えます。
まず、外部環境(1964年の教育事情)を検討します。
1964年時点の国立・私立中学への進学率は1割未満で、受験を経て中学に進学する割合は現在より低く、大多数は公立中学への進学でした。
四谷大塚は1950年代から「日曜テスト」を実施し、1960年に『予習シリーズ』を刊行していて、専業の受験塾は存在していました(SAPIX・早稲田アカデミー・日能研などの大手は後年に有名になるようです)。
また、マスオさんが早稲田大学卒の高学歴説もあるため、大学入試はカツオくんにとって身近なテーマになるでしょう。
ただし、1964年の東大合格者数トップは都立日比谷高校。開成高校が東大合格の常連として頭角を現すのは1980年代以降です。
首都圏では「まずは都立トップ高へ」という志向が強く、中学段階からの国私立一貫校志向が広がるのは、1967年の東京都・学校群制度導入以降です。
つまり、1964年時点では都立トップ高志向が主流で、私立一貫校の優位性が一般化するのは、少し先の話です。
次に、家庭で教育方針を考える際の基本構文を確認します。
「私たちは子どもの教育にあたり〇〇を目的にし、将来△△を実現したい。□□を大切に子どもを育てていきたい」
〇〇にはミッション、△△にはビジョン、□□にはバリューが入ります。
波平さんになったつもりでこれを埋めてみると、磯野家がカツオくんの進路を考える軸は次のようになります。
- ミッション…… カツオが自分の可能性を広げ、幸せに生きること
- ビジョン…… 自分の強みを生かして社会で信頼される大人になること
- バリュー…… 勉強だけでなく、人とのつながりや思いやりも重視すること
これを一文にまとめると、次のような磯野家の教育方針になります。
「私たちは子どもの教育にあたり、カツオが自分の可能性を広げ、幸せに生きることを目的にし、将来は自分の強みを生かして社会で信頼される大人になることを実現したい。勉強だけでなく、人とのつながりや思いやりも重視することを大切に子どもを育てていきたい」
このように整理すると、磯野家が教育で重視する判断軸が明確になります。受験はミッションやビジョンを達成するための手段の一つにすぎません。
次に、SWOT分析でカツオくんの現状を整理します。
強み(SS):体が丈夫で、活発に外で遊ぶことができるのはカツオくんの強みです。性格は明るく社交的で、クラスや近所の人たちとの関係づくりも得意です。友達が多く、人との距離を縮めるのがうまいため、場の雰囲気を和ませる力があります。さらに、要領の良さや状況判断の早さも持ち味です。
弱み(WW):勉強への集中力が長く続かないことが挙げられます。野球や遊びを優先しがちで、机に向かう時間が短い傾向にあります。
機会(OO):中学受験がまだ一般的でない時代のため、公立中学に進学しても十分に将来の道を開くことができる環境にあります。さらに、磯野家には教育的に恵まれた環境があり、家庭内には高学歴のマスオさんがいて、必要に応じて勉強を見てもらうこともできるでしょう。
脅威(TT):もし受験競争に巻き込まれた場合には、穏やかな磯野家の家庭のリズムが乱れてしまうおそれがあります。また、私立中学への進学は学費や通学時間の負担も大きく、受験に失敗すればカツオくんに心理的なダメージも残ります。
このように整理すると、カツオくんの現状が客観的に見えてきます。
そのあとは、クロスSWOT分析で戦略を考えます。
積極戦略として浮かび上がるのは、明るさと社交性を生かした自然体の成長路線です。
健康で友達が多く、地域の人々とも良好な関係を築けるカツオくんにとって、1964年当時の公立中学中心の教育環境は追い風になります。
受験競争が激しくない分、自分のペースで学び、人とのつながりを通じて社会性を育むことができます。
高校段階での飛躍を見据え、今は基礎学力と人間関係の両方をしっかり築く時期といえるでしょう。
次に改善戦略。カツオくんの場合は、長時間勉強に向かない性格を前提に、徐々に無理のない学習スタイルを作っていくことが大切です。
マスオさんが家庭で勉強を見てくれる環境があるため、受験塾に通わずとも学習のリズムを保つことができるでしょう。
差別化戦略として、彼の人懐っこさや場の空気を読む力は、過度な受験競争のなかでも他とは違う自分を見失わない力につながります。
勉強だけに偏らず、友人関係や地域との交流を通じて人間的な学びを深めることは、結果的に長期的な成長に寄与します。
そして撤退戦略。長時間の学習が苦手なカツオくんにとって、今はあえて受験を回避し、学習への自信を育てる期間とするのが得策です。
公立中学で落ち着いた環境を維持しながら、学力が伸びてきたタイミングで高校受験に向けて段階的に挑戦する。これが、精神的な安定と成長を両立する現実的な戦略といえるでしょう。
以上の四つの方向性を総合的に考えると、カツオくんは中学受験をせず、公立中学に進学するという選択が、本人にとっても、波平さんやフネさんにとっても納得感のある答えとなりそうです。
これは、中学受験という挑戦を避けることに主眼を置くものではなく、むしろ高校段階で大きく伸びるための最適な生活設計といえます。
家庭の教育に対する判断軸に沿いながら、公立中学校に進学して学力と人間性の両輪を育てていく。それこそが、1964年の磯野家にとって現実的で、そして幸福な選択ではないでしょうか。
2006年東京大学経済学部卒業。
2007年監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)東京事務所に入所し、金融事業部にてメガバンクの監査業務に従事。
2012年から2014年にかけて、Deloitte Touche Tohmatsu香港事務所に出向し、日系金融機関の監査を担当。
2015年に独立して公認会計士事務所を開業。
経営者の意思決定を支えるコンサルティングを中心に、経営顧問、社外役員、CFOなどの業務を幅広く行っている。
経営者団体、国立大学、地方自治体などでの講演・講義活動を通じ、経営を実践するための指導、人材の育成に取り組む。
ミッション・ビジョン・バリューを起点に、戦略的思考と組織の成長を支える経営フレームワークをクライアントの実務に実装している。
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