東京の大規模ビルは、2015年を通して長期平均程度の新規供給があったものの、順調にリーシングが進み空室率は低位に推移した。同程度の供給を予定している16年も、既に多くのテナントが確保されているとの報道もある。
こうした大規模ビルの新規需要の多くは従来型のオフィス空間によるものと思われるが、中には既に確定したテナントの意向を反映し、デザイン性を高めたり、コミュニティースペースを各所に確保したりするケースも見られる。
近年、クリエイティブ・オフィスと呼ばれる従業員の知識創造を誘発するICT(Information & Communication Technology)ツールを備えたオフィス空間を作る試みが散見されるようになってきた。
経済産業省では、2007年よりクリエイティブ・オフィス推進運動委員会を設置し、「知識経済化の進展を背景に、その担い手である企業組織が柔軟かつ流動的に生産性・競争力を向上させ、個人の能力の質を向上させるためのオフィス環境を構築すべく活動を行ってきた」としている。
具体的な事例として分かり易いのは、フリーアドレスと呼ばれる座席を固定しないタイプのオフィスだろう。この他にも前述のようにコミュニケーションのスペースを設けるなどの仕掛けがある。
筆者が米国サンフランシスコで見学した物件では、リノベーションによって、天井材を取り払い天井高を確保、吹き抜け空間を設けるカフェテリアの設置、外部空間を利用したコミュニケーション用のテラスの設置などがなされていた。国内でもこうしたリノベーションは小規模なオフィスでは見られるようになってきている。
フリーアドレスについても社外業務の多い業種を中心に導入するケースも増えてきている。これについては、業務内容に即した個人スペース確保の新しいスタイルとして、フリーアドレスだけでなく、固定席や隔離席、会議スペースの取り方など、知的創造や行動を誘発することを主眼とした総合的な取り組みとして捉える必要がある。
そうした面では、従業員の活動をよく分析し就労環境を再考する機会となると思われる。各方式のメリット・デメリットもあるが、世代によっても捉え方に差があることにも留意したい。
ニューヨークのオフィス市場では、昨年末に従来から最も高い賃料水準であった高層ビルが立ち並ぶミッドタウンの平均賃料を、その南側の低層オフィスで占められるミッドタウンサウスが上回ったとのデータがある。
ミッドタウンサウスにはテクノロジー、マスコミなどのクリエイティブ企業が集積し、センスの良い飲食店舗なども多いことから人気を集めている。ここでのクリエイティブ・オフィスのほとんどはリノベーションによるものであり、新たな価値をつけることで物件の価格も上昇してきている。
また、ニューヨーク全般でオフィス賃貸市場は好調を維持しているが、フリーアドレスの導入によってオフィス床需要が抑制されている傾向もあるという。東京との比較も頻繁にされるニューヨークのオフィス市場において、クリエイティブ・オフィスが賃貸市場、投資市場に与える影響は少なからずあるようだ。
冒頭に述べたように国内ではまだクリエイティブ・オフィスについては大きな動きになっているというほどではない。しかし先陣を切った企業の魅力的なオフィスへの取り組みが公開されたり、海外の事例も紹介される中、オフィス環境を創造的に改善していく企業は増えつつある。
経済を維持・成長させるには生産性の向上が不可欠といわれる。また、今後は人手不足が常態化する可能性もあり魅力あるオフィス環境づくりは人材確保にも有効だ。既存の企業だけでなく、これから作られる新しい企業でも創造性・生産性を高めるために、オフィスのクリエイティビティ確保はより重要になると思われる。
加藤えり子(かとう えりこ)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部
不動産運用調査室長
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