オフィス市場,インバウンド
(写真=PIXTA)

要旨

インバウンド(訪日外国人旅行)の拡大を受け、ホテルや民泊、一部の商業施設などで需要拡大がみられた一方、賃貸オフィス需要への影響は明確ではない。

しかし、オフィス供給面をみると、海外資金の流入やインバウンド宿泊需要の拡大が、築古ビルの取り壊しなどを促進し、オフィス供給を抑える要因のひとつになっている。

今後、メルボルンや香港での事例にみられるように、東京でも教育関連施設やアジア系企業などによるインバウンドオフィス需要の拡大に期待したい。さらなる都市の国際化と発展に向け、インバウンドの拡大を一時的な需要に止めず、有力な外資系企業や人材の定着に繋げることが重要である。

インバウンド(訪日外国人旅行)の拡大

インバウンド(訪日外国人旅行)の拡大は、2015年の訪日外客数が2,000万人に迫る1,973万人になるなど(図表-1)、当初の想定(*1)を大きく上回るペースで進展している。他の「成長戦略」分野では難題が多くみられるものの、観光立国の実現に向けた取り組みは順調といえる。

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インバウンドの拡大は不動産関連分野への寄与も大きく、全国のホテル稼働率が過去最高水準で推移している他(図表-2)、外国人観光客が集まる大都市を中心に、一部の商店街や百貨店、免税店などで大幅な売上拡大がみられた。

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加えて、宿泊需要の拡大を背景に、一般住宅の空き部屋を宿泊施設として用いる民泊という新しい不動産ビジネスが広がっている。とりわけ、規制の整備も間に合わないほど急速であった民泊の拡大は、関係者に限らず高い注目を集めた。

海外から簡単にインターネットで予約(*2)できる民泊は、比較的安価で、日本の日常を体験できる側面もあることから、外国人旅行者に人気である。そもそも、民泊は欧米を中心に普及(*3)してきたビジネスであるため、日本でも利用経験のある外国人旅行者が中心に利用しており、ホテルや商業施設と同様、インバウンドの主な受け皿になっている。

一方、賃貸オフィス市場では、インバウンドの影響は明確には認識されていない。たとえば、インバウンド需要を享受するホテルや小売チェーンは、店舗網を拡大してもオフィスまで拡大するケースは少なく、また、一部の小売チェーンが店舗用にオフィススペースを賃貸することはあるものの、限定的でオフィス市場への影響は小さい。

インバウンドの拡大は部分的に景気を支えてはいるが、オフィス需要に寄与しているとの認識は薄く、恩恵が顕著な宿泊施設、商業施設市場とオフィス市場との間でインバウンドに対する温度差がみられる。

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(*1)2008/6/20の観光立国推進戦略会議において、2020年までに訪日外客数を2,000万人とする目標が設定されていた。政府は2016/3/30に、新たな目標として2020年に4,000万人、2030年に6,000万人と発表した。
(*2)欧米人に人気の「Airbnb (エアビーアンドビー、米サンフランシスコ本社)」の他、中国人が主に利用する「住百家」、「途家」、「自在客」などのウェブサイトからも予約できる。
(*3)Airbnbは2008年に設立し、その後、世界的に展開。
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海外資金の流入やインバウンド宿泊需要の影響

このように、オフィス需要へのインバウンドの影響は明確でないが、オフィス供給面に眼を向けると、海外資金の流入やインバウンド宿泊需要の影響が無視できないものとなっている。

東京についてみる前に、顕著な例としてオーストラリアのシドニー(*4)の事例を紹介したい。近年、シドニーでは、住宅価格の高騰(*5)(図表-3)を背景に、築古オフィスビルから住宅への建て替えがオフィス需給を支える主な要因のひとつになっている。

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シドニー中心部では、築古のオフィスビルを取り壊し、高級コンドミニアムに建て替え、分譲するケースが多い。高級コンドミニアムは、中華系富裕層などによる投資用の需要も強く、特に分譲価格の高騰が顕著である。中華系富裕層によるシドニーの高級物件の取得は、東京都心よりも活発で、複数みられる中国本土企業による開発物件(*6)では、ほとんどのユニットを中華系顧客に販売するケースも珍しくない。

このようにコンドミニアム価格の高騰が開発、分譲事業の採算性を高め、オフィスビルの取り壊しを増加させている。クッシュマン・アンド・ウェイクフィールドによると、今後の4年間でシドニーCBDの約20万㎡のオフィスビルが取り壊され、2017、18年には、取り壊しが新規供給を上回り、オフィスストックが縮小する(Net Supplyがマイナスになる)見込みとなっている(図表-4)。

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これは、東京の賃貸オフィス市場にも部分的に当てはまっている。東京では、築古ビルの取り壊しなどにより、過去3年にわたり賃貸オフィスビルの棟数が減少してきた(図表-5)。

複数の中小ビルを大規模ビルに建て替える他、マンション価格の上昇を受け、都心の築古オフィスビルを高級マンションに建て替えるケースも多い。東京都心でも、シドニーと同じように海外資金の流入がマンション価格高騰の一因となっている。

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また、最近ではインバウンド宿泊需要を反映して、都心の築古オフィスビルを取り壊し、ホテルを開発するケースも増加している。さらには、取り壊さずに内装をリニューアルし、オフィスビルからホステルなどに用途変更するケースも少なくない。

こうしたオフィスビルの取り壊しなどは、新規供給の一部を相殺し、現在のタイトなオフィス需給を支える要因のひとつになっている。最近は、世界的なリスク拡大による海外資金の収縮や、円高転換を受けたインバウンド宿泊需要の減退も考えられるものの、中期的には、これらのインバウンド需要はオフィス需給を継続的に下支えするものと考えられる。

このように、東京の賃貸オフィス市場は、海外資金の流入やインバウンド宿泊需要の拡大から間接的に恩恵を受けているといえる。