最近の市場の話題は2つある。ひとつはボラティリティの低下。シカゴのオプション市場が織り込む市場変動率をもとに算出されるボラティリティ・インデックス(VIX指数)は記録的な低水準。これについては、こちらのブログ「 熱狂なき楽観・恐怖なき高値 」を参照してほしい。ちなみに前回、10ポイントを割り込んだのは2007年1月。その翌月には上海株の急落から世界同時株安がおきた(元祖チャイナショック)。夏にはパリバショック。それをはさむ形で米国株はWトップを形成、リーマンショック前の大天井を打った。行き過ぎたものは転ずるのが必定。ボラティリティの反転上昇は、すなわちマーケットの波乱を意味する。

もうひとつの話題は、日経平均が2万円の大台を前に足踏みを続けていることだ。昨日も米国株高を受けて高く始まった日経平均は128円64銭高の1万9998円49銭を付けた。2万円の大台まであと1円51銭まで迫りながら、ついに達成できなかった。この動きだけをみるといかにも弱い。この理由については、いろいろなことが言われている。僕もその背景について書こうと思ったが、やめた。へそ曲がりだから世間の意見に同調したくないということもあるが、いちばんの問題は、「2万円」にそれほどの意味があるか、ということだ。「1万9998円」と「2万円」、実質的に何が違うのだろう。ここまで来たら、少なくとも経済的な価値は同じではないか。

「底なし沼と普通の沼はどう違う?」「底がないか、あるかですか?」「底がない沼なんてない。ようは人間の幻想の有無なんだ」(森博嗣「誌的私的ジャック」)

2万円にあと1円51銭まで迫りながら押し返されると、なにかそこに見えない「壁」のようなものを感じて、ことさら騒ぎになるが、それは人間が勝手に生み出した幻想にすぎない。

確かに相場は「理外の理」というような理屈を超えた不可思議な動きをすることがよくある。高値というものは、たいてい大台の前に来る。日経平均自体、1989年12月末の大納会でつけた3万8915円が史上最高値。当時の雰囲気は先高観にあふれ、そこまで行けば4万円の大台は間違いないと誰もが思っていたが実際には届かずに終わった。相場全体の高値に先駆けること2年余り前、ちょうど30年前の4月が証券株の高値だった。野村證券の高値が5,990円。6,000円の大台にあと1ティック、10円届かず失速した。それが野村の史上最高値である。当たり前だが、以降一度もその水準に並ぶことはなかった。

野村證券の株価推移(出所:ブルームバーグ)
野村證券の株価推移(出所:ブルームバーグ)

「鬼より怖い一文新値」という相場格言がある。以前の高値を抜いたのに、大きく抜くことができず、わずか一円だけ更新してそれ以上は上がらないのは強烈な株価の天井になるという意味だ。いわゆるWトップのような状況だ。あと1ティック及ばずで大台更新が叶わないのは、「鬼より怖い一文新値」の逆だが、この「一文」というところなど、どこか相通じる面がある気がしている。

と、戯言めいたことを書いてきたけど、ここは冷静にデータを見るべき局面だ。

日本経済新聞社の集計によると、上場企業の今期純利益は4%増益。2年連続で最高益更新の見通しである。4%増益とはずいぶん冴えない数字だが、EPSベースでは8%近い増益見通しとなっている。日経平均の1株当たり利益は昨日時点の日経予想で1,393円まで高まってきた。(注:高まってきたのは上方修正されたというわけでなく単に前期の予想が今期予想に置き換えられただけの話である)

ポイントはこの利益をどこまで評価できるか、具体的にはPERで何倍まで買ってやれるか、ということになる。

日経平均がアベノミクス相場開始以来の高値をつけた約2年前からPERを見ると、16.6倍が上限。この間の平均は15倍だが、もっと長い期間の平均をとっても15倍である。アメリカの約150年間の平均をとっても15倍だから、とにかくPERの平均は15倍。これにはちゃんとした理由があって、いつか機会があれば説明したいが、その意味でいまの日経平均1万9000円台後半というのは、フェアバリュー、極めて適正な評価水準、もしくは若干割安だと言える。

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3月23日付けのレポートではこう述べている。

<あと1カ月経てば3月期の本決算の発表が始まる。2017年度の業績を織り込みにいけば日経平均は2万円に届くだろう。アナリスト予想の平均であるクィックコンセンサスで日経平均のEPS(1株利益)は1460円。PER13.7倍で2万円である。より保守的な日経予想でも1370円(12カ月フォワードEPS、出所:クィックアストラマネージャー)だ。2万円はPER14.6倍。じゅうぶん無理なく届く水準だ。>

結局、その通りの数字になったということである。PER15倍は過去平均で妥当なマルチプル。いつかは、つける。そうすれば日経平均は2万円どころか2万1000円が見える。

しかし、この業績がコンセンサスになる前の4月の状況を思い出そう。その時点で平均から1標準偏差下のPER14倍は、1万8000円台前半だった。北朝鮮など地政学リスクが高まって相場が売られた時の水準。つまりそういう下押し圧力の強い状況になって、平均マイナス1標準偏差のバリュエーションがついた。上にいくのも、それと同等のインパクトのある状況がアップサイドに必要ということだ。

なぜ2万円の大台が遠いのかと言えば、2万円を買うにはその先のシナリオが必要だから。2万1000円程度までアップサイドのシナリオが見えなければ2万円を買おうとは思わないだろう。2万1000円はPER15倍強。数字の上からはじゅうぶん「見えている」。あとはカタリスト待ちか。

広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト

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