老齢給付金を「賢く受け取る」ためには、どのように考えて、どのように請求すればいいのだろうか。「賢く受け取る」とは概ね、「多く受け取る」ことに他ならない。いかにして手数料や税金を抑え、いつから受け取りを開始するのが得なのか。これについては、受給権を得た時点での経済状況や法制度、家計の事情や個人の出費予定によって、基本的には一人ひとり異なるので、ここでは、その基となる考え方を理解して欲しい。
(本記事は、山崎元氏著『 確定拠出年金の教科書 』日本実業出版社(2016/6/9)の中から一部を抜粋・編集しています)
いつから受け取るのがトクか?
老齢給付金は、早い人で60歳から、遅くても65歳から受け取ることが出来る。その後70歳迄の任意の時期に、請求手続をして受給を開始する。原則としての「賢い支給開始時期」は、明快だ。確定拠出年金の重要なメリットの一つである「運用期間非課税」を最大限に利用するためには、上限となる70歳ギリギリで受け取りの手続を行うのがベストだろう。
一般に、70歳の時点で運用している金融資産が枯渇していてはまずい。運用資産があるとするなら、確定拠出年金口座の中にある方が税制上より有利に運用出来る。もちろん、受給権を得た時点で住宅ローン等の負債が残っていたり、近いうちにまとまった額の支出が予定されていて、確定拠出年金以外の口座でその費用をまかなえない等の事情がある場合は、これに限らない。
取り崩しを我慢してローンに手を出すのでは本末転倒だ。なお、あまりにギリギリまで粘り過ぎて、うっかり70歳を超えてしまうと、否応なく一時金として支給されてしまうので、この点は注意が必要だ。
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年金と一時金、どちらで受け取るのがトクか
比較の前提として、年金規約でどのような受け取り方が認められているかによるが、仮に、年金(終身年金を含む)、一時金、その併給、から自分で選択出来るとして、どのような場合に、どの受け取り方をしたらいいかを考えてみたい。
勘案すべき要素は「手数料」、「課税額」、「年金損益」だ。これら3つの要素をトータルで判断して、どれが得かを考えるべきだということだ。
先ず、手数料をみると、年金と一時金のどちらの場合でも、給付に際して432円(税込)の給付事務手数料が掛かる。これは、給付の都度、給付金から引き落とされるため、受け取り回数が多いほどかさむ。加えて、年金として受け取る場合、受け取りを待つ未支給の年金資産には、引き続き口座管理手数料が毎月掛かる。次に、課税については、受け取り時の税控除と、運用中非課税の各々の損得を比べる必要があるだろう。
受け取り時の税控除だけで比べると、本書執筆時点での税制においては、一時金受け取りでの退職所得控除の方が手厚く、一時金の受け取りを選ぶと全額非課税になる人が多いと思われる。特に20年以上の掛け金拠出年数がある人は、かなり大きな控除額を持っている。
但し、控除の枠を退職金でどの程度使ったかによって、最も得な選択が異なるはずだ。また、退職金自体に関しても、一時金での受け取りと年金での受け取りが選択出来る場合があり、この場合は、年金での受け取り額の条件を検討する必要がある(低金利の現在、年金での受け取りが有利なケースが多い)。
退職所得控除の範囲内で一時金を受け取り、残額を公的年金等控除の範囲内の金額に小分けにして年金として受け取ることで、給付金の全額を非課税で受け取ることも、受給金額によっては可能だ。
ここまで読む限りでは、確定拠出年金は一時金で受け取り、退職所得控除額を超える額がある場合のみ、年金で受け取るのがベストのように思われるかもしれない。実際に厚生労働省のデータで見ると、9割以上の受給者が一時金での受け取りを選んでいる。
特に、企業型確定拠出年金の加入者だった人は、その多くが、会社に口座管理手数料を負担してもらっていた人たちであり、彼らが退職して運用指図者となって以降、自分で口座管理手数料を負担することになった場合、手数料コストだけを抑えるために、他の要素を考えることなく、一時金での受け取りを選択してしまうケースは少なくないようだ。
しかし、繰り返しになるが、あくまでトータルのコストで判断するべきだ。手数料や税控除といった分かり易いコストだけをみて、一時金を選んでしまう人が多いのだろうが、残る要素である「未支給の年金は非課税で運用出来るので、引き続き、一般で運用するよりも良い条件で運用出来る場合がある」という、確定拠出年金の本来のメリットについても考慮に入れたい。
例えば、一時金で全額受け取ってそれを自分で運用することにしてしまうと、以降は運用益に課税されることになる。そして、このメリットは、年金資産が大きいほどに効力を発揮する。順調であれば、老齢給付金の受給権を得る頃に年金資産が最大になっている人が多いのではないだろうか。
退職金の額が大きく、受け取り方に選択肢がある場合の検討ポイントは、複数あって複雑だ。先ず、下記の2点を考えてみよう。
⑴ 退職金を年金で受け取る場合の想定運用利回りがどの程度得か(実勢金利よりどれ位いいか)
⑵ 確定拠出年金内で運用を続けられることの税制、運用商品の手数料等によるメリット
仮に運用利回りを年率5%と想定すると、運用期間中非課税なメリットは1%程度と計算される。実際には5%はやや高めの見積りかもしれないし、受け取り時に運用益が課税対象となる可能性もあるので「1%」はメリットの上限と見ていいだろう。その上で、
⑶ 退職所得控除を最も無駄なく利用するにはどうしたらいいか
を考えてみよう。複雑だが計算で答えの出る問題だ。一生に一回の事だが、その時には、ゲームを楽しむつもりで考えてみよう。
計算の結果、「年金」として受け取り、資産を取り崩しつつ、残りを引き続き運用していくのが、ベストの受け取り方になる場合が比較的多いのではないだろうか。
一般に、確定拠出年金の受給資格を得た後も人生は長い。受け取る頻度は、個人の家計の事情にもよるが、可能であれば年1回など最小限の回数を選んで、給付事務手数料のコストを抑える工夫をするとよいだろう。そして、ローン返済に充てる等まとまったお金がどうしても確定拠出年金の資産から必要な場合は、その分だけ「一時金」として受け取って支払いに充て、残りを「年金」として運用しつつ、取り崩していけばよい。
差し当たって使う予定のない金額まで一時金で受け取り、これを課税される口座に移して、確定拠出年金のときよりも条件の悪い商品で運用している、といったちぐはぐな受け取り方をしてしまうことのないように、よく考えて処置したい。
受け取り方に関わる要素
受け取り方については、運営管理機関によって細かく条件が異なることと、税制が頻繁に改正される点に注意が必要だ。
前述の通り、現在の税法上では、一時金の方が控除金額は厚くなっているが、将来、受け取り方を考える頃には、改正によって条件が変わる可能性はゼロではない。
また、ローン返済等に関しては、仮に潤沢な資産があって課税口座にも運用資産があるのならば、そちらから崩していく方がトータルで有利になる。更に、前に見たように退職所得については少し複雑になるのだが、確定拠出年金の一時金以外にも、企業からの退職金等、退職所得に該当する収入がある場合は、それらを通算して退職所得控除の計算がなされるので、併せて考える必要がある。
各退職所得の受け取り時期によっては通算しなくてもよい場合もあり、その条件も各人の状況によって異なるため、該当する収入のある人は、事前に税務署等に確認しておくとよい。
山崎元
経済評論家。専門は資産運用。楽天証券経済研究所客員研究員。マイベンチマーク代表取締役。1958年、北海道生まれ。1981年、東京大学経済学部卒業、三菱商事入社。野村投信、住友信託、メリルリンチ証券など12回の転職を経て現職。雑誌連載、テレビ出演多数。
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