中間管理職が大きなカギを握る!職場のストレス・マネジメント
働く人にとって、ストレスゼロというのは現実的に不可能。また、極度のストレスはメンタルヘルスを害すが、適度なストレスは人間を成長させるとも言われる。では、ビジネスマンにとって適切なストレスとの距離感とは? ストレス研究の第一人者として活躍し、企業のメンタルヘルス対策にも取り組んできた白波瀬氏にお話をうかがった。
ストレスとは、握ったゴムボールと同じ?
ストレスとメンタルヘルスが密接な関係にあることは、誰もが知っていると思います。では、そもそも「ストレス」とはなんなのか。まずはそれを医学の見地から説明しましょう。
ストレスとは、なんらかの刺激を与える「ストレス要因(ストレッサー)」によって、心身に生じるゆがみのことです。それは、ゴムボールを手でぎゅっと握ったときのことを思い浮かべるとわかりやすいでしょう。
このとき、ボールの形をゆがませる指の力が「ストレス要因」、ゆがみに伴って内部に生じる圧力が「ストレス」、ゆがみによって生じるさまざまな変化が「ストレス反応」、ゆがんだボールが元の形に戻ろうとする反発力を「レジリエンス」と呼びます。一般的には、これら四つを合わせて「ストレス」と呼ぶこともあります。
かつて精神医学では、「ストレスの強度は、ストレス要因に依存する」と考えられていました。この考えを前提に作成されたのが「社会再適応評価尺度」です。これは、人々にとってどのようなライフイベントがストレス要因になるかを調査し、それぞれのストレス強度を数値化したもの。たとえば「配偶者の死」なら100、「離婚」は75、「結婚」は50などと、点数に換算されています。
ただし、この尺度には限界がありました。同じライフイベントでも、どのくらいストレスを感じるかは体質や性格などによって個人差があるからです。離婚をして落ち込む人もいれば、スッキリして元気になる人もいるでしょう。
同じ強さでボールを握っても、ボールの堅さや弾力はそれぞれ異なるので、ゆがみ方や元の形に戻ろうとする力にも、差が出るわけです。
職場のストレスを減らす4つのケアと3つの予防
よって、現在の精神医学では、ストレスに関して個人的な要因も考慮するようになりました。これを働く人のケースに当てはめたのが、「職業性ストレスモデル」(下図参照)です。
まず「仕事のストレス要因」があり、「ストレス反応」が生じて、「ストレス関連疾患」につながる。これが基本の関係です。
ただし実際には、ストレス要因とストレス反応の間に、先ほど述べた「個人要因」が関わってきます。さらに「仕事外の要因」や「緩衝要因」も、ストレス反応の大きさに影響します。仕事外の要因とは、家庭やプライベートの事情などです。そして緩衝要因とは、上司や同僚、家族による社会的支援です。
職場のストレス対策を考えるとき、緩衝要因は大きな意味を持ちます。仕事そのものはつらくても、上司や先輩がその大変さを理解してくれていれば、ストレス反応はそれほど大きくならないかもしれません。反対に、上司が仕事の大変さをまったく理解せず、むしろ本人を追い込むような言動をすれば、ストレス反応は大きくなるでしょう。
現在のメンタルヘルス対策では、このモデルにもとづき、職場のストレス要因を減らす取り組みを進めています。具体的には、「4つのケア」による「3つの予防」を行ないます。
4つのケアとは、社員自身による「セルフケア」、管理監督者による「ラインケア」、産業医や人事・衛生担当者による「事業所内スタッフによるケア」、そして社外の機関や精神科医による「事業所外資源によるケア」を指します。
3つの予防とは、「一次予防(=メンタルヘルス不調の未然予防)」、「二次予防(=早期発見による重症化の予防)」、「三次予防(=職場復帰後の再発予防)」を指します。
これを見てわかるとおり、メンタルヘルス対策で重要なのは、私たち精神科医や産業医などの専門家だけが中心的役割を担うのではなく、企業の人事や管理職、現場で働く人たちを含めて、みんなが協力して働きやすい職場づくりを進めることです。
人間の成長には適度なストレスも必要
中でも管理職は、メンタルヘルス対策において大きな役割を担います。3つの予防のどの段階でも、現場の最前線で対応するのは管理職だからです。
一次予防のラインケアにおいて求められるのは、快適な職場環境づくりへの努力です。たとえば、管理職が率先して職場での挨拶を促すだけでも、職場のストレス要因を減らす有効な対策になります。また、部下を褒めるのも大きな効果があります。頑張った自分を認め、自己評価を高めることは、部下がより高いモチベーションで仕事に取り組む原動力になるからです。
二次予防においては、「いつもと違う」が早期発見のキーワードです。いつもは始業の10分前に出社している部下が、最近は遅刻ギリギリで駆け込んでくる。いつもは大人しい部下が、今日はやたらと饒舌だ。こんなふうに普段と違う言動に気づいたら、本人の行動を注視し、必要に応じて産業医などの専門スタッフに相談してください。
三次予防となる復職者への支援は、本人が「働く能力」を取り戻すことが重要です。せっかく復職したのに、周囲が腫れ物扱いして仕事を与えずにいれば、働く能力は失われ、本人の意欲はますます低下します。私は精神科医として、復職者を受け入れる上司には「特別なことは何もせず、原則、他の部下たちと同じように業務を与えてください」と伝えています。
WHO(世界保健機関)は「健康」の定義を「身体、精神、および社会的に満たされている状態」としています。社会的に満たされるには、働くことで「自分は社会に貢献している」という実感を得ることが欠かせません。不調を再発させないためにも、過剰に保護的な復帰支援からは脱却する必要があります。
ストレス学説を提唱した生理学者ハンス・セリエは、「ストレスは、人生のスパイスである」と述べました。過度のストレスは健康を害しますが、人間の成長には適度なストレスが不可欠ということです。
職場のストレス要因を減らすのは大前提ですが、“ストレスゼロ”を目指すのではなく、ストレスを社員の成長につなげる仕組みも必要だということを、ぜひ知っていただきたいと思います。
会社は働くだけの場所?
「適度なストレスは部下の成長に必要」と言われても、「どの程度の負荷ならいいのか」と戸惑う上司は多いだろう。そんなときは、仕事の量や内容だけにこだわらず、仕事の"与え方"を工夫してほしいと白波瀬氏はアドバイスする。
「『この仕事は君にとって少し難しいかもしれない。でも、これをやり遂げればプロジェクトの成功率は大幅にアップするから、期待しているよ』。こんなふうに、上司である自分が負荷の大きさをわかっていることを伝えたうえで、仕事の目的や意義を示せば、部下は達成感を得やすくなる。それが本人の成長につながると同時に、仕事のストレス要因も減らします」
「会社は働くだけの場ではなく、人を育てる場でもあったはず」と白波瀬氏。企業の管理職が担う社会的役割を再認識することも、職場のメンタルヘルス対策を進めるうえで重要となりそうだ。
白波瀬丈一郎(しらはせ・じょういちろう)慶應義塾大学ストレス研究センター副センター長
1960年生まれ。86年、慶應義塾大学医学部卒。2002年、医学博士取得。同大学医学部精神・神経科学教室の専任講師を経て、14年より現職。1997年から産業精神保健活動に取り組み、企業のメンタルヘルス対策に携わる。2009年、KEAP(KEIO Employee Assistance Program)を立ち上げ、労働者の復職支援に尽力するとともに、職場の環境改善を含めたトータルなメンタルヘルスマネジメントを行なっている。(取材・構成:塚田有香)(『
The 21 online
』2017年7月号より)
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