国難が大義か

わが母校、浅野学園は神奈川の打越台という小高い丘のうえに立つ。校歌は、「我等は百難打越し行かん」と謳う。熱き血潮をたぎらせた若者が、遥かなる前途を見据え、どんな苦難にも打ち克ってゆこうという、まこと意気に感じる歌だ。卒業して35年になるが、これまで困難に突き当たるたびに、この校歌を口ずさんで歯を食いしばってきた。

若者ならいざ知らず、仮にも一国の首相が「国難」とは穏やかでない。いま日本が直面している「国難」を突破するための解散であるという。確かに北朝鮮の挑発は危険を孕む。しかし、「元寇」ではあるまいし、「国難」というべきほどのものか。むしろ北朝鮮の挑発ごときを「国難」扱いすることのほうが、相手には足元をみられ、国民には要らぬ動揺を与えまいか。慢心は禁物だが、もっと毅然とした泰然自若の態度で臨むべきであろう。

首相はもうひとつの「国難」として、急速に進む少子高齢化を挙げた。確かに大きな問題である。しかし、少子高齢化はいま降ってわいた問題ではなく、ずっと前からわが国が直面している問題である。

これは誰がどう見ても、「いま解散すれば勝てるから解散」であり、メディアが喧伝する通りの「大義なき解散」である。

だが株式市場にとっては「大義」なんてどうでもよい。今回の解散・総選挙が今後の株式市場にどう影響するか考えたい。

衆院選のシナリオ

昨日の相場展望でも書いたが、「選挙は水もの」で蓋を開けてみるまで結果はわからない。だが、おそらく与党の圧勝だろう。自民党が8~10日に行った衆院選情勢の調査結果は現有286議席から「12~30議席減」となるが、自民党単独で過半数は維持する、というものだった。だが、僕はもっといけると思う。その根拠は現政権批判の受け皿となる政党がないことだ。

小池百合子氏が自ら代表につく「希望の党」はどうだろう。都知事選、都議選で圧勝した小池氏が「選挙の顔」として前面に立つことは、一定の得票につながるだろう。だが、小池氏自身が衆院選に立候補しているわけではない。都知事でありながら国政に関与するという、ある意味矛盾、中途半端な感じが否めない。政策もあいまいである。基本はリベラルではなく保守だから与党に近い。よって民進党他の野党との連携をどう図るのか。与党に打撃を与えるほどの結果を残すには野党の候補者一本化が必要だが、そこまでの調整能力はないだろう。小池氏の人気はある。だが、それが政党としての人気にまではつながるか。

「希望の党」は、小池氏側近の若狭勝衆院議員や細野豪志元環境相が設立準備を協議していた。そこに小池氏が「(協議を)リセットして私が立ち上げる。新しい党として結党宣言をさせていただく」と突然記者会見をおこなった。「会見のことはいつ聞かされたのですか?」と記者に訊かれた若狭議員は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、「少なくとも今日ですね」と日本語になっていない回答をしていたが、その場面をテレビで視て、僕は「これはダメだな」と思った次第である。

よって衆院選のメインシナリオは「与党勝利」、しかも「与党の圧勝」とする。

与党勝利の意味

それを前提として、与党の圧勝が株式市場にどのような影響を与えるか考える。

選挙後の株価推移だが、過去のパターンは当たり前だがケース・バイ・ケースで参考にならない。問題はこの選挙がどういう意味を持つかだ。ここで与党が勝てば来年の自民党総裁選で安倍首相の3選が濃厚になる。そうなれば安倍政権は歴代最長政権となる可能性もあり、長期的に政権が安定するというのは投資にとって政治リスクが低いという意味で一般的に好材料。

なんだかんだ言ってもアベノミクスで相場が上がったのは事実だから、アベノミクスの方向転換がない、というのが安心材料になる。長期政権では構造改革が進むというのが本質的な要点だが、今回は18年4月に任期が切れる黒田総裁の後任人事の思惑が相場に与える影響が大きいだろう。人事というのは、正しくない。ちょうど残り半年で与党が勝てば、黒田さんが再任されるか新しい総裁が決まるかにかかわらず、アベノミクスの緩和路線が継続する期待が生まれる。出口に進む欧米との差が一段と鮮明になって円安の材料になる。今回の選挙はそのダメ押しになるだろう。

昨日の記者会見で安倍首相は開口一番、こう述べた。

「5年前、国民の皆様のお力を得て、政権を奪還しました。当時、私たちが公約に掲げた大胆な金融政策には、大変に批判がありました。しかし、総選挙で勝利したからこそ実行に移すことができた。アベノミクス3本の矢を放つことで、日本経済の停滞を打破し、マイナスからプラス成長へと大きく転換することができました。」

金融緩和こそアベノミクスの成果だといわんばかりである。安倍首相自らこういうスタンスであるから、安倍政権継続は金融緩和路線継続という意味に市場はストレートに受け取るであろう。

首相は選挙の焦点に2019年10月に予定する消費増税の使い道を幼児教育の無償化などに広げることを挙げた。「人づくり革命」の事業費は2兆円規模。一方で財政再建に回る税収が減る。これにより20年度としてきた基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標の達成は先送りされる。そしてアベノミクスの金融緩和路線は継続されるだろう。日銀が大規模緩和で政府の財政悪化を支える「財政ファイナンス」がさらに加速する。これは早晩、悪い金利上昇、悪い円安につながるだろう。

株式市場にとっては、円安に良いも悪いもない。円安を追い風に年末にかけてセンチメント(市場心理)が改善、PERも切り上がる。年初の水準で、かつ長期的な平均値である15倍に戻るだけで、22,000円は達成可能。年初にモーサテ等で掲げた22,000円という予想を維持したい。

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いざなぎ越えの景気が株価堅調の根本的要因

いま株価はアベノミクス相場開始以来の高値圏に迫っているが、景気がいいから株価が堅調という至極納得的な理由がある。安倍政権誕生と同時にアベノミクス相場がスタートしたが、実はその安倍政権誕生の2012年12月から今回の景気拡大局面も始まっている。正式な認定はこれからだが足元では「いざなぎ景気」の57カ月を抜いて実質的に戦後2番目に長い景気拡張期間となっている。

実は2014年4月の消費増税でいったん腰折れした。景気動向指数は14年3月をピークにほぼ2年間右肩下がりだった(グラフ参照)。

(出所:Bloomberg)
(出所:Bloomberg)

政府公式見解は景気後退ではないというがエコノミストのなかには実際には景気後退だったというひともいる。ただ14年秋の黒田バズーカ2で円安になり企業の業績は助けられた。2014年度は、GDPはマイナス成長だが企業業績は最高益というマクロとミクロが乖離したシンボリックな年だった。株価は景気離れしていたと言える。

今はどうか?去年の夏ごろより明確に景気が上向いてきた。GDPは6四半期連続のプラス成長だ。そのため、むしろ円高でも株価はしっかり。今度は為替離れしてきた。為替離れは今年に入って明確になっている。2014年とは反対に、いまの株価は景気に連動している。企業は円安に頼らなくても利益が出せる収益構造に変わった。そこに世界的な景気の好循環が巡ってきている。株価がこの流れに沿う動きとなるのは自然なことであろう。

来週、日銀短観が発表される。民間調査機関の予測では大企業・製造業の業況判断指数(DI)はプラス18で、4四半期連続の改善となる見通しだ。4四半期連続で改善すれば、2012年12月~14年3月の5四半期連続以来となる。つまりこの景気拡大とアベノミクス相場が始まった時と同じような景況感にあるわけだ。景況感に照らしてもアベノミクス相場始動時の再現が期待される状況である。

となると、今後もこの景気拡大が続くのか?というのがポイントになる。日本経済はグローバル景気との連動性が高い。その点、いまは稀にみるグローバル景気の安定期。米国も中国も欧州も新興国もいい。懸念はむしろ国内消費だ。このところの景気拡大は個人消費の堅調に支えられてのものだが、7月の毎月勤労統計調査によると、名目賃金にあたる現金給与総額は前年同月比0.6%減と、速報値(0.3%減)から下方修正となった。減少幅は2015年6月(2.5%減)以来の大きさだった。ボーナスが減ったのが背景で基本給は変わっていないが、上昇が鈍いというのが変わらない。業績好調の企業が賃上げに動くかどうかが消費の鍵を握り、それが景気拡大・株価上昇の持続性を決定するだろう。

広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト

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