ゼロからでも、すべてを失っても、人はまたスタートできる。
巨大グローバル企業から街の個人商店まで、膨大な数の人々を成功へと導いてきたマーケティング・コンサルタント、ジェイ・エイブラハム氏。自身も大きな成功を収めたエイブラハム氏のキャリアの出発地点は、意外にも厳しい境遇だった。「全米トップ5の経営コンサルタント」に選ばれるまでの道のりには、三度の経済的危機も体験したという。一体どのようにしてモチベーションを保ち、苦難を乗り越えてきたのだろうか。《写真撮影=永井 浩》
苦境から脱出できたある「気づき」とは?
マーケティングの巨匠にして世界中のビジネスマンのメンターであるエイブラハム氏。モチベーションを高めるためには「自信」を持つことが重要だが、誰しも最初から自信が備わっているわけではないと語る。
「私は貧しい家に生まれ、学歴はいわゆる高卒です。20歳になる頃には2児の父でもありました。注意欠陥障害(ADD)で、正社員として雇ってくれる会社はなかなかなかったため、複数の仕事を掛け持って日夜、働いていました。当時の状況はまさに絶望的で、私自身も大変なストレスを抱えていました」
そのような状況下で、なぜ「自分は変われる」と信じ、モチベーションを持ち続けることができたのか。きっかけには、重要な「気づき」があったと言う。
「あるとき私は、『現実が絶望的である以上、自分が考え方を変えない限り、状況が変わるはずはない』と気がついたのです。言い換えれば、自分で設定していた限界を自分で変えるほかない、ということです。
そう考えると、いろいろな仕事を掛け持ちせざるを得ない自分の境遇も実は『恵まれている』と思いました。他の人が1つしか仕事を学べない中、同時に3つも4つも違う世界を体験することができるのですから。
こうして私は、世間の常識などは脇に置いて努力し、自分の道を自分で切り開こうと考えるようになりました。まずは圧倒的に足りない〝学〟を補うため、毎日5つずつ新しい単語を覚えることから始めたのです」
さらに、ある強い思いがやる気を奮い立たせたと語る。
「私は、『凡庸でいたくない』と強く思っていました。ただ、多くの人はそう思っても、自分を高みに引き上げる方法がわからず、羽ばたくことができずにいます。
凡庸でいたくないのなら、メンターを見つけることをお勧めします。私は、自分に足りないものを学ぶため、他業種の採用面接を受けたり、成功した経営者に話を聞かせてもらいました。コツは、いい質問をすること。たとえば私は面接の場で、自分の給料よりも相手の会社のビジネスモデルなどについて根掘り葉掘り質問しました。面接を学びの機会にしていたのです。
『自分は世の中をより良くするため、もっと大きな目的のために存在する』という信念を持ちましょう。その信念は日々のモチベーションを高め、逆境の際に立ち直る力となります」
人生の98%の出来事はコントロール可能
さまざまな業界で洞察力を養い、1つずつ語彙を増やして一歩一歩前進することで、エイブラハム氏は類まれなるマーケティングの才能を開花させ、人を感動させる高いコミュニケーション能力を手に入れた。だが、中には「自分には才能がない」と、どうしても自分に自信が持てない人も多い。
「まず理解してほしいのは、人間はみなそれぞれが特別な何かを持っているということ。何万人もの人々と対話してきて、私はそう確信しています。
そのうえで、自分の得意分野を考えてみてください。能力があっても、その価値を認識しなければ貢献できないからです。金鉱から掘り出した金がそのままでは使えないように、あなたの能力も磨き上げていく必要があります。私はマーケティングと戦略、コミュニケーションが得意ですが、コンピュータは苦手で、電球の交換もできません。弱みも自覚しつつ、強みを認識し磨いていく。そうすれば、必ず自信は生まれます」
しかし、信念と自信をもってチャレンジしても、多くの人は失敗したときに、やる気を失ってしまう。
「私自身、人生で3回も一文無しになるような体験をしています。すべてを失い絶望する中で学んだことは、『誠実さ』さえ失わなければ、お金をすべて失おうが、困難からは脱することができるということでした。
自分が窮地にあっても、誠実さをもって周囲の人や仕事相手に相対し、自分にできることをやる。すると必ず、それはあなたに返ってきます。私も、かつて私がプライベートやビジネスで利益に貢献し、信頼関係を築いた人々により助けられ、苦境を脱することができました。
それに、失敗は永遠には続きません。私たちは、ビジネスや恋愛などの場面で起きたネガティブな出来事を失敗と言いますが、それらは既に済んだこと。失敗は一時的なものと認識することで、新たなチャレンジをする気持ちが生まれます」
エイブラハム氏は、「人生には不測の事態がつきものだが、実は、コントロールできない出来事は2%だけ」だと言う。
「生きていると、天災などどうしようもないことも起きます。しかし、これは人生の出来事のたった2%で、残りの98%は、私たち自身の判断や選択の結果です。つまり、98%はコントロール可能なのです。
だからこそ、失敗したら、原因と結果を踏まえ、再チャレンジしてください。それで成功すれば自信になります。人生の98%がコントロール可能であることに気づかず、失敗しても『運が悪かった』で終わらせてしまうのは間違いです。命さえ落とさなければ、失敗は学びのための最高の経験だと、私は思っています」
一流のコンサルタントがマンネリと無縁な理由
前向きなエネルギーにあふれるエイブラハム氏は、マンネリズムとはほど遠い人生を歩んでいる。仕事や人生を常に面白がれることは、やる気を維持する重要な条件だが、一体どうすれば常に好奇心を持ち続けられるのだろうか。
「周りの人や事象、すべてのものに対して好奇心を持つことができれば、マンネリやモチベーションダウンとは無縁でいられます。
私が人生において大事にしている考え方を紹介しましょう。
まず、ビジネスでもプライベートでも、『人と会ったら必ず、私との出会いでその人の人生が少しでも良くなるように』心がけること。そのためには相手が何を価値と感じるか知る必要があるので、相手を大切に思い、話をよく聞くようになります。
次に『異なる価値観を尊び、理解し、受け入れ、感謝する』こと。人はそれぞれ異なるものの見方をします。価値観が合わない人と接するとイライラする人もいるかもしれませんが、自分の目線とは違うものの見方を人が教えてくれると考えれば、違ってくるのではないでしょうか。逆もしかりで、私たちは常に、先生と生徒の立場を同時にやっているのです。
私は、『自分はやれる』と信じること、そして『すべての人や物事に対して好奇心を抱くこと』で、心の炎を灯し続けてきました。
日本のビジネスマンのみなさんにも、自分で自分の限界を決めつけたり、この世界をつまらないものだと思い込むことなく、みなさん自身の無限の可能性を信じ、モチベーション高く仕事や人生に向き合っていただきたいと思います」
一流の奇妙な習慣、その理由とは?
エイブラハム氏は、出張で外国に行った初日、必ずホテルのロビーやエレベーターで何時間も過ごすという。そして、あたりの人に微笑みかけ続けるというのだ。さらに、ホテルで掃除をする人や、料理を運ぶ人にも話しかけるという。加えて、エイブラハム氏は、新聞の死亡欄を読むことを日課にしている。一体、これらの奇妙な習慣には、どんな意味があるのだろうか。
「出張先での習慣は、見ず知らずの人々や自分とは違う仕事をする人々に少しでも触れ、理解したいからです。新聞の死亡欄を読むのは、そこに載っている人々の成し遂げたことを知るため。誰もが知る有名人ではなく、自分のコミュニティに貢献したごく普通の人々が何をやり遂げたのかを知りたいのです。
こうして私は、すべての人々の価値を理解し、その人たちに習っているのです。人から学び、人に与える。私の人生のモチベーションは、ここにあると言えます」
ジェイ・エイブラハム(Jay Abraham)マーケティング・コンサルタント
1949年生まれ。30年以上におよぶ豊富な経験から、「卓越の戦略」(Strategy of Preeminence)と呼ばれるマーケティング哲学を提唱。そのコンサルティングのクライアントはIBM、シティバンク、マイクロソフトといった世界的な大企業から、街のクリーニング店、歯科医、税理士などの中小零細企業に至るまで、業種を問わず多岐にわたる。全米をはじめ世界中にファンを持つ。カリフォルニア州バロスヴェルデスで妻子とともに暮らしている。著書に『ハイパワー・マーケティング』(インデックス・コミュニケーションズ)、『クラッシュ・マーケティング』(実業之日本社)などがある。(『
The 21 online
』2017年10月号より)
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