・中国の全人代で、国家主席任期撤廃の憲法改正案が可決。従来、習近平国家主席は2期目が終わる2023年に任期が満了するはずだったが、その後も続投が可能になった。
・過去の例から長期政権への懸念の声も聞かれるものの、習氏による近年の中国経済運営は奏功している。かつてリスクだった過剰債務、不動産価格の行き過ぎ、環境等の問題も大きく後退した。
・中国の成長余力はまだ極めて高い。ネット決済はダントツ世界一で、地方にも普及しつつある。医療分野の改革も掲げられている。一定の経済開放の方向性も示されており、日本企業にとっても、リスク面より機会が期待される。消費関連、医療、金融等の分野に特に注目。
中国で習近平国家主席の長期政権化へ
中国の全人代で、3月11日、従来「2期10年」とされていた国家主席の任期を撤廃するという憲法改正案が可決した。習近平国家主席は、2期目が終わる2023年に任期が満了するはずだったが、その後も続投することが可能になった。
これについては、さまざまな形で懸念が報道じられている。中国では、1945年から76年の死去までの31年間最高指導者であった毛沢東氏が、晩年独裁政治に走ってしまった経緯がある。この反省から、国家主席の任期を「2期10年まで」と定めていた。
長期政権にはマイナス面も多いが、半面、政府の方針を実行しやすいという側面もある。以下の通り、習氏による中国経済運営はこれまでのところ奏功している。かつてリスクだった過剰債務、不動産価格の急騰、環境問題等も大きく改善した。
習政権の経済運営の実績
過剰債務問題:銀行の資産の質にやや不透明感は残るが、今後開示は改善へ
まず、過剰債務問題については、以前に比べてやや改善している。BISは、GDPのトレンドに対しする債務膨張ペースをウォッチしているが、このところ中国は落ち着いてきている(図表1)。不良債権比率も、安定しすぎていることから、その定義などに疑問の声もあるものの、少なくとも一時期よりは管理されている様子だ(図表2)。
更に、1月には、銀行を監督する中国銀監会のトップが、「金融リスクは複雑で深刻。"ブラックスワン"的なイベントが発生する懸念もある」と発言した。こうした問題意識から、現在金融当局は、銀行の不良債権開示の強化を進めている。また、今年2月に海外投資等で経営不安に陥った民間の保険大手・安邦保険集団を管理下に置きつつ、本日付で、現在縦割りとなっている保険と銀行の監督を統一・強化すると発表した。
不動産価格の行き過ぎ感:規制強化で価格上昇抑制
不動産価格については、住宅ローンの頭金や2軒目以降の不動産の購入制限などで価格上昇を抑制している(図表3)。
上海など一線都市の一部の地域ではむしろ不動産価格の下落が心配され始めている。しかし、依然として大都市の不動産に対するニーズは極めて高いため、仮に下落し始めたら、住宅ローンの規制を緩和することなどで下落ペースを抑制することは可能だろう。
環境問題:北京に青空が戻る。「美しい中国」構想で今後も改善へ
中国都市部最大の弱点だった大気汚染問題も改善方向にある。報道によると、2013年に2か月近い58日が「重汚染日」だったが、2017年には、23日まで減少した。「優良日」も過去最高の226日に達した。実際、2年ほど前の冬の北京では、晴れた日でも空は灰色だったが、現在では青空が戻っている。
背景には、相当ドラスティックな政府の施策がある。工場地域に数千人に上る環境保護監督調査官が置かれ、いくつかの発電所や工場が汚染抑制のために閉鎖された。
現在、「美しい中国」という構想の下、更なる改善策が提示されている。例えば、都市部を中心に電気自動車などの新エネルギー車の普及が促進されている。減税措置や抽選で行われるナンバープレートの取得優遇措置などが功を奏しており(図表4)、今年も、前年比で4割以上の販売増加が見込まれている。
当面の見通し:権力集中の弊害懸念はまだ早い。当面は成長期待大
このように、以前の問題点には相次いで強力な施策が打たれている。日本でこれだけの改革をやろうとすると、既得権益の抵抗が大きく難しいため、苦しい中で財政を用いて国民にインセンティブをつけることが多い。ところが中国の場合、スピーディに規制強化を決定できる。
これは、やはり一党独裁の強みである。もちろん、長期政権には偏った政治に向かいかねないというリスクもある。しかし、まだ当分は、成長期待が懸念を上回りそうだ。
中国の成長期待分野:ハイテク、リテール、医療
成長分野の一例として、キャッシュレス化による金融の効率化がある。中国のネット販売のGDPに対する比率は7.05%と世界一である(図表5、2016年時点)。金額にすると、日本の6倍を超える販売額となる。
モバイル端末によるネット決済額もダントツ世界一となっている。中国の2017年末時点のモバイル決済利用率は70%、、5.3億人と、日本の総人口の5倍にも上る (図表6)。日銀によれば、日本のモバイル決済利用率はわずか6%にとどまる(2016年)。こうしたモバイル決済の流れは、都会の若年層だけでなく、その利便性や、孫や子供からの手ほどきで、地方や高齢者層にも普及しつつある。
安価な地方の食品等を都市部で販売することで、地方都市の活性化にも繋がることから、政府も普及を後押ししている。
都市部のマンションへの「スマート・ロッカー」の普及で受け取りが一層便利になっている。アリババは、昨年から本社のある杭州で、スマホすら必要のない顔認証による支払い「スマイル・ペイ」の実験を開始した。今後も、キャッシュレス取引の拡大で、新たな金融業や小売業の発展が見込める。
また、「健康中国2030」のスローガンのもと、環境・医療分野等の拡大も期待される。健康産業の規模は、2020年には、現在の日本の2013年対比で8倍以上、2030年には17倍まで拡大する可能性がある(図表7)。
日本企業にとってのメリット
昨年11月、中国政府は、金融市場における外資系企業に対する出資規制を緩和し、証券は2020年から、生命保険は2022年から全額外資出資を認めると発表した。中国政府の金融経済運営の中枢人物である劉鶴氏は、今年1月のダボス会議で、製造業、サービス業においても海外企業に対する規制を緩和すると発言した。
中国事業を拡大したいとする日本企業の比率は、人民元ショックが発生した2015年度に38%まで落ち込んだ(JETRO調べ)。しかし、その後持ち直し、2017年度には48%まで回復した。過去と比べて、生産拠点としてよりも販売拠点としての期待が大きいようだ。
近年進出、拡大した主な日本企業としては、ニチイ学館(9792、介護施設運営業務を拡充)、三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306、杭州支店開設)、マックスバリュ東海(8198、現地子会社の増資)などがある(JETRO資料より)。今後も、特に、消費関連、医療、金融業等の分野での拡大が予想される。
中国の市場のポテンシャルは極めて高く、これまでの懸念材料も後退している。当面中国には、リスク面より機会が注目されるだろう。
大槻 奈那(おおつき・なな)
マネックス証券 チーフ・アナリスト
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