要旨

貿易戦争,争いの構造
(画像=PIXTA)

米国発の貿易戦争が熱を帯び始めている。トランプ氏が大統領に就任して以来、常に燻り続けていた貿易戦争という火種がついに燃え上がり始めたような印象だ。各国では、株価が下落して景況感が悪化し、保護主義に対する警戒感が指標に現れ始めた状況である。

今回の貿易戦争は、米国の行動を2つに分けて考えると理解しやすい。その2つとは、すなわち「中国の覇権を阻む戦い」と「貿易赤字を削減するための戦い」である。米国は、輸入制限措置で中国の長期戦略である「中国製造2025」の品目を狙い撃ちにする一方で、鉄鋼・アルミニウム製品や自動車など、同盟国を含む国際社会を相手とする措置も同時に打ち出している。

本レポートでは、これまでの経緯から貿易戦争の構造を理解し、勝者はいないと言われる貿易戦争に、影響の度合いでは濃淡がある可能性があることを示している。

見えてきた貿易戦争の構図

米国のトランプ大統領が仕掛ける貿易戦争を理解するためには、今回の貿易戦争が同時に進行する2つの戦いであることを理解しなければならない。2つの戦いとはすなわち「中国の覇権を阻む戦い」と「貿易赤字を削減するための戦い」である。2018年に起きたこれまでの出来事を図表1にまとめる。米国の通商政策の標的は、中国と国際社会の2つに大別することができるだろう。

貿易戦争,争いの構造
(画像=ニッセイ基礎研究所)

国際社会が生んだ火種

米国がこの時期に貿易戦争を仕掛けるのはトランプ大統領の誕生だけが要因ではない。米国はこれまで唯一の基軸通貨国として大量にものを消費し、他国はその力を貿易取引によって吸収することで成長してきた。技術が進歩してグローバル化が進むと、企業は生産コストの低い国へ生産拠点を移管した。移管された国では所得が増加して中間層が生まれ、新たな市場が形成された。新興国は市場に集まる企業から技術を獲得することで発展を加速した。今日の経済体制は各経済主体が利益最大化を追求した結果であるが、米国内の雇用流出や米国の覇権を脅かす存在の台頭など新たな歪も同時に生んだ。貿易戦争の火種は長い時間をかけて構築された既存の経済体制の中で生まれたものなのである。

米国が中国を特に問題視するのは、米国の利益が不当な手段で奪われていると考えているからだ。2018年1月に米国通商代表部(USTR)が発表した2017年次報告では、中国がWTO加盟時の経済改革の約束を果たしておらず、その承認を国際貿易の支配的なプレーヤーになるために利用してきたと非難している。実際、加盟時に約束した外資出資制限の多くが期限内に実行されておらず、緩和された規制にも新たな条件が課されているため、実質的に内外無差別原則にそぐわない事態も生じている。また、知的財産権や技術に関する問題はさらに深刻で、中国政府が違法な手段による獲得に関与または支援したと認定した。米国の厳しい対中姿勢には、このような不満も反映されているのである。

貿易戦争の実態

◆中国の覇権を阻む戦い

米国は21世紀の覇権を賭けた戦いを中国に仕掛けている。特に米国が警戒しているのが、人工知能(AI)や次世代通信規格(5G)などのハイテク分野である。遠くない将来、あらゆるモノがインターネットにつながるIoT時代の到来が予想される。企業はIoT時代にビッグデータを解析することで新たなアイデアや有益な情報を得ることができる。優れたAIは、企業の競争優位性を確保するための重要な鍵となるのである。また、実用化に向けて研究の進む自動運転や遠隔ロボットの操作では、超高速・多数接続・超低遅延という特徴を持つ5Gが基盤インフラとなる。ハイテク分野は安全保障にも影響するため、覇権維持を望む米国には譲れない分野となる。中国通信大手の中興通訊(ZTE)に対する制裁発動は、正にこの争いが表面化した部分と言えるだろう。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

米国は貿易面でも中国の産業高度化を阻む姿勢を示している。6月に最終発表された500億ドル相当の対中制裁課税リストには、中国の長期戦略である「中国製造2025」を狙い撃ちした産業用ロボット・航空機・船舶・自動車・半導体装置などの品目が並んでいる(図表2)。このような米国の強硬な対中政策は。今後も続くものと予想される。通商政策の策定では、ライトハイザー通商代表やロス商務長官、ナバロ通商製造政策局長など保護貿易を推進する人物が多く関わる(図表3)。そのうえ経済面の安全保障を話し合う国家経済会議には、ポンペオ国務長官やボルトン大統領補佐官など対外強硬派が揃う。政策立案に関わる人物を見る限り、対外強行姿勢は変わらないだろう。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

◆米国の貿易赤字を削減するための戦い

トランプ大統領が貿易政策について語るとき「公正な」という言葉を多用する。実のところ「公正な」貿易という概念は米国に長らく存在してきた概念だ。この概念は、諸外国が米国市場に自由にアクセスできる一方で、自らの市場を不公正な障壁で保護し、米国の輸出を拒んできたと感じる米国民の不満を代弁してきた言葉である。トランプ大統領がユニークだった(誤解している)点は、貿易赤字が悪で黒字が善だとする考え方であり、米国にとって不公平な状況を打破するという試みは、歴史上もこれまで何度か試みられてきた。その意味で前述の対中政策とは、明確に区別されるべきだろう。

2017年度の米国の貿易赤字は、前年比+9.0%となる▲8,075億ドルとトランプ大統領の就任後も拡大してきた(図表4)。貿易赤字の計上先は上位5ヵ国で全体の約8割を占める(中国46.6%、メキシコ9.4%、日本8.7%、ドイツ7.9%、イタリア3.9%、合計76.5%)。貿易赤字全体の約半分は中国が占めて最大となっているが、日本や欧州などの同盟国も大きな比重を占めている(図表5)。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

影響を受けるのは

◆中国への影響は最も大きい

中国は米国の仕掛ける2つの戦いで当事国となる。国家戦略に横槍が入ることで中国は相当なストレスを感じるはずだ。ZTEへの制裁は、基幹部材や製造装置を海外に依存する中国のハイテク産業の脆弱性を示した。「中国製造2025」の実現には未だ米国の技術が必要である。米議会で審議中の対米外国投資委員会(CFIUS)の権限強化法案も同計画に影響すると見られる。また、対米黒字が世界最大であることは追加関税による影響も大きいことを意味する。米国の追加関税は中国製品の輸出競争力を低下させ、対米輸出の減少が設備過剰問題から雇用の大幅な調節へ波及する可能性もある。雇用の減少は社会の不安定化につながるリスクもあり、中国政府としては避けたいシナリオとなるだろう。

ただし、中国も米国の強硬な通商政策に翻弄されるばかりではない。米国が対中制裁課税リストを発表した翌日には、中国も同規模の制裁リストを公表して一歩も引かない姿勢を示した。中国商務省は自衛のために必要なあらゆる措置を講じるとしており、米国製品に対する不買運動や団体観光客の渡米禁止(2017年収支は米国が約291億ドルの黒字)といった措置を打ち出す可能性もある。また、米国の直接投資を制限することも考えられる。2016年における米国の対中直接投資は925億ドル、中国の対米直接投資は275億ドルに過ぎない。なお、市場で懸念される米国債の大量売却は生じにくいだろう。米国債は人民元の信用を裏づける資産ともなっており、売却による金利上昇が自身の保有資産をも毀損しかねない。全額売却という強硬手段に出た場合も、米国は国際緊急経済権限法を発動して中国の米国債を没収することもできる。売却後資金の受け皿もないことから、脅し以外に使用することはできないと見られる。しかし、米国もただでは済まない。米中が本気で衝突すれば互いを破滅させることが可能である。そのため米中は互いに最悪の事態を回避し、落としどころを探ろうとするだろう。覇権を巡る争いは短期間では決着せず、緊張と緩和が続く展開になると予想される。

◆日本への影響は見た目以上

日本の貿易相手国は上位2カ国が米国と中国で、取引額は貿易額全体の4割近くを占めている。米国の輸入制限による直接的な影響は今のところ図表6に示される領域だけであり、対米輸出総額1,383億ドル(2017年度)から見れば経済に与える影響は限られている。しかし、貿易制限の影響を考えるには、対米貿易の名目収支を見るだけでなく第3国を迂回した取引の影響も加味して考える必要がある。

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(画像=ニッセイ基礎研究所)

アジアでは複雑なグローバルバリューチェーンが形成されている。最終製品が中国から米国に輸出されたとしても、その全ての付加価値が中国国内で与えられる訳ではない。製品設計が米国で行われていればその付加価値は米国に帰属することとなり、日本で生産された部品が含まれていればその付加価値は日本に帰属する。製品やサービスの付加価値が最終消費されるまでに、どこで付加されたのかを明らかにするツールとして、経済協力開発機構(OECD)と世界貿易機関(WTO)が共同で開発した付加価値貿易 (Trade in Value Added、以下TiVA) 統計が利用される。米国の貿易収支赤字上位国におけるTiVAと名目の貿易収支を比較すると、日本およびドイツではTiVAの方が大きい(図表7左)。これは、日本およびドイツの国内付加価値の実現が、米国との直接的な貿易取引以外に他国の輸出品を通しても実現しているということを意味する。つまり、他国の対米貿易が日本およびドイツの国内付加価値を輸出する媒体となっているということだ。また、日本のアジアにおける貿易取引上位国についてTiVAと名目の貿易収支を比較すると、貿易収支黒字は名目の方が大きくなっている(図表7右)。これは、日本の輸出品の多くがアジアを最終目的地としておらず、日本アジア間の貿易取引が中間財を中心としていることを示唆している。この事実は、貿易戦争がさらに激化して中国から米国へのモノの流れが滞った場合、日本国内の産業にマイナスのフィードバックが生じることを意味する。特に、対米貿易収支で名目よりもTiVAが大きくなっている卸・小売、金属、化学などは、見た目以上に影響が出る可能性がある(図表8)。なお、卸・小売には製造業に付随するものも多く含まれているため注意する必要がある。輸送機器については、貿易収支黒字が大きく、国内付加価値が実現する1つの柱となっている。米国で検討中とされる自動車への新たな輸入関税が発動されれば、日本は大きな影響を受ける可能性が高い。そして、その影響はアジア諸国にも広く及ぶと予想される。輸送機器の貿易収支の名目はTiVAを上回っており、国際分業体制が他の領域よりも進んでいる。日本の対米輸出が減少した場合、その影響はグローバルバリューチェーンを通じてアジア諸国にも広がる可能性が高い。

貿易戦争,争いの構造
(画像=ニッセイ基礎研究所)

◆米国へのブーメラン

自らの行動は米国自身にも悪影響を及ぼすだろう。既に貿易戦争の懸念は金融市場を動揺させており、株価がより大きく調整した場合、逆資産効果によって消費が抑制される可能性がある。また、関税が導入された商品では価格が上昇し、物価上昇が家計支出を抑制することも考えられる。消費の落ち込みは企業収益を悪化させ、設備投資の抑制や雇用者報酬の減少につながる。そうなれば、典型的な景気後退シナリオへの突入となり、経済は縮小して雇用や収入環境が悪化することになるだろう。

追加関税措置は他国からの報復措置も招いている。5月31日に米国が鉄鋼・アルミ製品の関税猶予の打ち切りを発表すると、メキシコ・欧州・カナダはすぐに報復措置を発表した(図表9)。3ヵ国地域の報復対象品目を見ると、鉄鋼・アルミ製品に加えてウィスキーやモーターボート、農産品などが対象となっている。これらの生産者や関連業種の雇用者には打撃となるだろう。実際、米国のハーレーが報復措置を受けて欧州向けのオートバイ生産を米国外に移転しており影響が出始めている。

貿易戦争,争いの構造
(画像=ニッセイ基礎研究所)

以上を整理すると、今回の貿易戦争は次の対象に影響を与える。最大の影響は中国に及ぶだろう。名目とTiVAの両方で対米貿易収支黒字は最大であり影響もまた大きい。中国を狙い撃ちした制裁は長期的な国家戦略を頓挫させかねない。日本は直接的な影響こそ軽微であるが、三角貿易の取引構造によって対中制裁の影響を間接的に受ける。今後、米中貿易戦争が激化すれば、日本の被る影響は対米貿易黒字を上回る規模となるだろう。米国国内では報復措置の対象となった生産者や消費者が通商政策のツケを払わされる。追加関税措置によって米国の国内に戻る雇用もあるだろうが、報復措置によって失われる雇用や経済の縮小がもたらす悪影響賀それを相殺するだろう。貿易戦争は報復の連鎖が重なることでさらにその範囲を広げる。勝者のいない争いは、一層深刻化することになるだろう。

日本が取るべき行動

貿易戦争の大きな要因である米国の貿易赤字の縮小には、米国自身の過剰消費の見直しが根本的な解決策となる。しかし、これに対して日本の関与できる余地は少なく、米国政権が通商政策を国際協調方針へ変えることを辛抱強く待つことが消極的な解決策となる。トランプ政権の通商戦略は、巨大な経済力を背景として各国に個別の通商協議を求めることにある。個別協議では大国の要求は通りやすく、安全保障を交渉カードとして使用することも容易であるためだ。日本は米国の通商政策が変わるまでこの圧力を受け流さなくてはならない。1つの方策としては、2国間協議に引き込まれる前に米国抜きの多国間協議を進展させてしまうことが挙げられる。巨大な経済圏が米国抜きに形成されて取引ルールが米国抜きで決まる事態は、米国にも大きなプレッシャーを与えるだろう。具体的には、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)やアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)などのメガFTAを迅速に前進させることが有用だ。TPPをさらに拡大するという選択肢もあるだろう。多国間協議は利害調整の難しい困難な作業が伴うが、各国がバラバラな状況では世界にとって「公正な」自由貿易を維持していくことはできない。ガラス細工のような繊細なTPPをまとめきった日本の指導力に期待したい。

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鈴木智也(すずき ともや)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究 研究員・経済研究部兼任

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