公的年金財政の見通し(財政検証)の公表が、来年(2019年)に迫ってきた。見通しを受けてどのような改革が行われるか、に注目する向きが多いが、その前に、財政見通し自体がどうなるかにも注視が必要である。
注目すべきポイントは、厚生年金の実質的な給付削減(マクロ経済スライド)がまもなく停止されるか、である。マクロ経済スライドは年金財政が健全化すれば停止される仕組みになっており、基礎年金(いわゆる1階部分)は国民年金の財政状況で、厚生年金(2階部分)は厚生年金の財政上で判断される。そのため、基礎年金と厚生年金では、削減停止時期が異なってくる。2014年に公表された前回の見通しでは、基礎年金の給付削減が2040年以降まで続くのに対し、厚生年金は2020年頃までには停止できるケースも示されていた。
今回の見通しでは、見通しの期間が前回の2105年までから2110年までへと延長される。そのため、少子高齢化がより進んだ将来を織り込む影響で、削減停止時期が前回よりも遅れるのが基本的な方向性である(詳細は本誌2004年1月号を参照)。しかし、近年の状況は前回の見通しより好転している点があり、削減停止時期を予定より早める方向へ作用する。
好転している状況の1つ目は、高齢者雇用の進展である。これは、2つの経路で厚生年金の削減停止時期を早める方向へ作用する。第1の経路は、高齢者雇用の進展が厚生年金の財政状況を直接的に改善する効果である。厚生年金財政の支出は、約30兆円が厚生年金の給付費で、約19兆円が基礎年金の費用(基礎年金拠出金)である。基礎年金拠出金は、当年度の基礎年金給付に必要な費用を、当年度の国民年金の加入者数(第1号被保険者)と厚生年金の加入者数(本人と配偶者(国民年金第3号被保険者)の合計)で按分して負担している。この按分の対象となるのは、加入者のうち20歳以上60歳未満に限られるため、60歳以上の加入者が想定以上に増えても、厚生年金財政が負担する基礎年金拠出金は変わらない。他方で厚生年金の保険料率は年齢によって違いがないため、60歳以上の加入者の想定以上の増加は、20歳以上60歳未満の加入者の増加と比べて、厚生年金財政にプラスの影響を及ぼす。
第2の経路は、高齢者雇用の進展がマクロ経済スライドの調整率を小幅に止めることに起因する。マクロ経済スライドの調整率は、公的年金全体の加入者数の変化率に連動している。近年は、厚生年金の支給開始年齢の引き上げに伴って高齢者雇用が段階的に進んでおり、公的年金の加入者数は、事前の減少予想に反して増加している。この結果、マクロ経済スライドの調整率が次第に小幅になってきている。この傾向は、厚生年金財政と国民年金財政の双方に影響するが、厚生年金財政では前述の増収が発生するのに対して、国民年金財政にはそれがないため、国民年金財政がより厳しくなる。国民年金財政が厳しくなると基礎年金の将来水準を予定より下げる必要が出てくるが、基礎年金の水準が予定より下がると、厚生年金が負担する基礎年金拠出金が予定より少なくて済む。その結果、厚生年金の長期的な(約100年間の)財政状態は、予定よりも好転する。
好転している状況の2つ目は、積立金の運用状況である。2018年7月にGPIF(年金資金管理運用独立法人)が公表した業務概況書によると、2014年度以降では、2015年度に財政見通しの前提を下回ったものの、他の年度では大きく上回ったことが示されている。
好転している状況の3つ目は、出生率の改善である。近年の出生率は以前の見通しよりも好転しており、この傾向は今回(2019年)の財政見通しに用いられる将来の人口(2017年推計)にも反映されている。2017年に推計された将来推計人口では、出生率改善の影響が長寿化継続の影響を上回り、65歳以上の高齢者1人を何人の現役世代(20~64歳)で支えるかの指標が、前回の1.18人から1.25人へと改善している(中位推計の2060年の値)。
来年(2019年)に公表される公的年金の財政見通しでは、これらの状況が厚生年金財政の見通しにどう影響するのかや、その結果を基に厚生年金のマクロ経済スライド停止がどう判断されるのかに、注目したい。
中嶋邦夫(なかしま くにお)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任
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