内閣府『平成29年版高齢社会白書』によると、2012年の日本の認知症患者数は約462万人、団塊世代が後期高齢者になる2025年には700万人程度にのぼり、高齢者の5人にひとりを占めるという。認知症に至らずとも、60代以降になれば、加齢にともなう認知力の低下は多くの高齢者にみられる。物事の理解・判断が遅くなったり、記憶力が低下したりする上に、空間認識力が衰え始めるのだ。
空間認識力とは、人間が有する視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などの感覚器により、物体が3次元空間の中でどのような状態にあるかを把握する力だ。たとえばわれわれがキャッチボールをする時、目や耳からの情報をもとに、ボールの飛んでくる方向や落下点を判断してボールを捕捉する。距離や速さなどの認識を誤ると正確にボールをキャッチすることはできない。
老化が進むと、若い頃に容易だったことが思い通りにゆかなくなることも多い。運動機能に加えて空間認識力が衰えて「身体感覚」が鈍くなるからだ。視野が狭まり、人や物にぶつかったり、わずかな段差につまずいたりすることも増える。すべてが加齢のせいではないだろうが、「身体感覚」の劣化は高齢者の社会生活にも大きな影響を与える。
一方、認知力が低下すると社会状況を的確に把握することが難しくなり、いわゆる「空気を読めない」高齢者が増える。その結果、社会の中でさまざまなトラブルが発生する。鉄道係員に対する暴力行為やコンビニ店員への暴言など、悪質なクレーマーも60代以上の高齢者によく見られる。このような人が増える要因のひとつは、社会的視野が狭まり、いわば社会空間における「身体感覚」の劣化や喪失によるものと言えるかもしれない。
「空気を読めない」高齢者にならないためには、一体どうすればよいのだろうか。ひとつは「身体感覚」を鍛えることだろう。言葉のキャッチボールである人間のコミュニケーションを円滑に行うためには、相互の言葉を正確に捉える「身体感覚」が必要だからだ。「人の話を聞かない」、「自分だけに意識が向く」など自己中心的ではなく、相手に意識や目を向けることが重要なのだ。
最近ではレーダーやカメラなど多くのセンサーを備えた衝突防止装置の付いた自動車が増えている。高齢者が人生を楽しくドライブするためにも、周囲の状況を念入りに観察し、五感に加えて「身体感覚」を適切に磨くことが求められる。社会空間の中で安全な車間距離を維持する「身体感覚」を持つことも、超高齢社会における重要な「老いる力」ではないだろうか。
(参考)研究員の眼『“幸せ”の自己アイデンティティ~ストップ! 「キレる高齢者」』(2016年7月5日)
土堤内昭雄(どてうちあきお)
ニッセイ基礎研究所 社会研究部 主任研究員
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