2018年4月に公表された「キャッシュレス・ビジョン」(経済産業省)では、キャッシュレス決済比率4割の達成目標を2025年としている。さらに、将来的にキャッシュレス決済比率80%を目指して環境整備を進めるとある。2018年8月には経済産業省にて「キャッシュレス推進協議会」が立ち上がり、モバイル決済も活用したキャッシュレス社会の実現についても議論が始められたところである。
キャッシュレス化の進展により、流通・小売業者において現金取扱業務にかかる人件費(6兆円)、金融機関において現金管理や銀行ATMなどにかかる費用(2兆円)の削減が期待されている。キャッシュレス化により、消費者も様々なメリットを享受できるが、直接的にコスト削減のメリットを期待できる流通・小売業者や金融機関が、日本においてキャッシュレス社会を進展させるキープレーヤーになると考えられる。
モバイル決済では、「キャッシュレス先進国」と呼ばれることの多い北欧諸国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー)の事例が参考になる。北欧諸国では大手金融機関が協力してモバイル決済の仕組みを提供することでキャッシュレス化の進展に寄与している。モバイル決済として、スウェーデンでは2012年にSwish、デンマークでは2013年にMobilePay、ノルウェーでは2015年にVippsの利用が開始され、いずれも人口の50%を超える普及率になっている。これらの北欧諸国では成人の銀行口座の保有率が100%であるため、モバイル決済の仕組みを導入したとしても、消費者が新しい決済に移行する時間やコストがそれほどかからなかったと考えられる。
一方で、北欧諸国では金融インフラ(銀行ATMや営業店舗)の効率化も同時に進められている。スウェーデンでは銀行の営業店舗において現金の取り扱いを行わないことが一般的になっているが、図表1や図表2にあるように、北欧諸国ではキャッシュレス化の進展に伴って銀行ATMの設置台数や営業店舗数を削減させている。2011年から2016年の5年間で見ると、銀行ATMの設置台数を約15~25%、営業店舗数を約15~40%削減している。北欧諸国の金融機関では、AIやデジタル化を活用して、人員削減も含めた業務効率化が進められている。
一方で、日本においては、図表1や図表2から、国内銀行では少なくとも2016年までは金融インフラの削減はほとんど行われていないことが分かる。しかしながら、2016年にマイナス金利政策が導入され、国内銀行は利ざやの低下に悩まされている環境下にある。国際ブランドと提携したデビットカードを発行する国内銀行の数が急拡大しており、顧客には銀行ATMからデビットカード利用への移行を推進しているようである。大幅な人員削減計画についても発表されるなど、国内銀行は金融インフラに関するコスト削減を実行する段階に入ったといえる。
国内大手行が今後5年間で銀行ATMを2割程度削減する予定との報道があったが、これは北欧諸国における金融インフラの削減ペースに匹敵する。決済システムは社会のインフラであり、決済が充実していなければビジネスの成長も期待できない。北欧諸国における金融インフラの効率化は、その背景にモバイル決済の急速な普及という支えがあったことを無視できないだろう。
また、日本では高齢化が進展しており、高齢者をうまく新しい決済システムに誘導していく施策も必要になる。日本の成人の銀行口座の保有率は98%であり、キャッシュレス化を進めていく上で、国内銀行は重要な位置にある。今春、日本においても大手3行が提供するモバイル決済サービスにおいて、QRコードの規格を統一することで合意したところである。北欧諸国のように、多くの銀行口座の保有者が共通のサービスを利用できる方向性が望まれる。
国内銀行がキャッシュレス化と金融インフラの効率化という流れに日本の消費者を巻き込んでいくためには、金融業界や流通・小売業者と協働して新しく使いやすい決済インフラの仕組みを作り上げていくことはもちろんだが、現金利用よりもデビットカードやモバイル決済の利用にメリットが感じられるようなサービスも併せて提供していくべきだと考える。
福本勇樹(ふくもと ゆうき)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任
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